第八章

第八章
 目を覚ました時、猫の彼はどこかの見知らぬ場所に保護されていた。そこは、あのカワウソのおばさんとおじさんのいる、今彼が暮らしている家ではなくて、それとは全く別な、ある種病院のようにも見える孤児施設だった。そこには、彼の他にもまた数十人の親を幼くして亡くしている身である孤児達が集まっていて、彼らは決まってどこかその表情や佇まいに虚めいたものが感じられて、半ば生気を失ったような空気感のある子ども達がほとんどであった。  猫の彼は、孤児施設の一室で目を覚ましたときに、まずその場所があのカワウソの夫婦の家ではないことにすぐに気づいて、眠気混じりに部屋の中を歩いた。部屋は全くもって無機質で、ベッドやテレビやテーブルや照明器具といった、生活する上での必要最低限な家具や用具以上のものは設けられておらず、それはまさに、孤児施設というよりは刑務所のような景色であると述べても合っているような気がしたのだった。だけれど、申し訳程度ではあるけれど、部屋の片隅に、見たこともない変な形をしたぬいぐるみや玩具(おもちゃ)などが幾つか仕舞われている玩具箱が置かれていて、それだけがこの至って無機質な部屋の空気を少しばかり愉しげなものに彩っているように思われるのかも知れないけれども、けれどもやはり、無機質な部屋の持つ疎外感や空虚感に相反した場違いなものにしか思えずに、それらの玩具はただの不気味なものに変化してしまっているに他ならなかった。  猫の彼は取り敢えず部屋を出て、誰か施設の人を見つけて、ここがどこなのか、とか、自分はどうしてこんな場所に連れてこられたのか、とか、カワウソのおばさんとおじさんは今どこに居るのか、とかそういうまず先に聞いておかなくてはならないだろう色んなことを聞こうと思った。部屋を出ると、やはり部屋と同じで無機質な色と空気と、その冷たさを含みもった長く青白くそれに薄暗さの覆われた通路が伸びていて、猫の彼はその通路をまだ微かに身体や頭に残る眠気の残骸の重みによろけそうになりながらも何とか歩き出していった。そして猫の彼はその通路の壁にある、まるで貼り付けられたシールのようにしか見えない、曇り気味の外の景色の映る硝子窓や、天井にこれもまた機械的でもって貼り付けられているような感じの、白く温度感の感ぜられない細長い蛍光灯が等間隔に並行して二列に設置されているそれらの物達が織り成す光景を薄めに見やりながら、その無言の重苦しい静かな虚ろ哀しさに押しつぶされそうになりそうに思えて、胸に手を当てたりして、呼吸を慎重に吐き出しながら足を進めた。しかしそうやってどれだけ歩いても、音もなく迫る不安感は拭えないのだった。  通路を渡っていって、曲がり角のあたりにたどり着いたときに、右から一人の人影が現れるのが見えた。それは白衣を着たここの施設員か医者のような容姿のハクビシンの男で、灰色のメガネをかけていて、胸ポケットに二色式のボールペンとメモ用紙を挟んでいた。ハクビシンの男は猫の彼の目の前を、ただ無感情に、抑揚のない姿で通り過ぎようとしていったが、猫の彼はすぐに男に声を掛けて男を引き止めた。 「あの、すみません」  猫の彼が尋ねると、ハクビシンの男は、ぴたりと立ち止まった。それから、首を機械的に動かすと、至って無表情のままで、猫の彼の顔を振り向いた。そこにはやはり、温度というものは見当たらず、熱を持たない冷たさだけを感じさせた。それを感じた猫の彼は、不意に自身の身体に、不気味さによる緊張感を覚えた。ハクビシンの男は、何か用事があっておそらくは歩いていたのだろうけど、それを呼び止められたからといって何か面倒臭さや焦りのような様子をみせず、そのために感情の無い苛立ちや怒りというものを元来から身に付けていない冷たい人形のようであり、それがより一層男の不気味さを際立たせていた。そしてその佇まいや容姿が、この施設内の通路や貼り付けられたような格子窓や蛍光灯と無機質的な点において融合を成しているように思えてならず、猫の彼はしばらく言葉が出せないまま男を見つめていた。 「何か用かね?」  ハクビシンの男は眉ひとつ、瞬きひとつ動かすことなく、口元だけを無駄のないように動かして言った。猫の彼はそんな男の佇まいに不気味さ故に圧迫されながらも、なんとか質問を尋ねた。 「あの、ここは、一体どこなんですか?」 「ここは、見ての通りの孤児院施設だよ。それ以外には何も説明はいらないと思うけれどね」
旭川黒介
旭川黒介
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)☆