終生書生志望

終生書生志望
 終生書生志望の青年がいた。ものを書きたい気持ち一つで生きてきたつもりだったが、それで生計を立てることはできていなかったし、この先できるとも思っていなかった。彼は人間ぎらいで、臆病で、卑屈で、引きこもりがちで、外出するとなると、青白い、今にも泣き出しそうないじけた面をして、飼い主に紐で叩かれることを予期した犬のように、目を伏せてふらふら往来を歩き、自尊心が強く、責任転嫁が得意で、悪いのはいつも世間だと嘯きながら、人の輪の中に生かされ、学問も労働もよくせず寝ているばかりなのに、「疲れた」という言葉が口癖だった。たとえ人間性が最低でも、言葉にさえ魅力があれば、何かの間違いで作品が世に出て評価されることもあったかもしれないが、彼の書く小説はここに載せて笑いものにするのも気の毒なほど凡庸で、痩せていて、作者自身のへどもど、くよくよ、しょげかえった生活態度がはっきりと表れていた。年々作家を目指す気は失せ、青年の夢は卑しく、救いようがないものへと変わっていった。曰く、「いつかは作家になりたい、という無邪気な夢を見続けられる身分で、いつまでもありたい」。  終生書生志望の男は、まだ若い。まだどの文学者の家にも転がり込んでいない。そもそも、書生を養うという習慣や、若い文士を弟子に取るステレオタイプの「文学者」という個性自体が、日本全土を見渡しても失われた時代に生きている。終生書生志望というのは、彼の自虐的な筆名だった。彼の書く小説といったら、「作家志望」と自称するのも憚られるほど浅はかで、中身がないものばかりだった。  書生志望の生活を覗いてみると、なるほど立派に怠惰である。文学者然とした所も幾つか見受けられる。この男は、決して学費の安くない大学に奨学金無しで通わせてもらい、講義にはあまり出席せず、かといってアルバイトもやらず、遠方に住む両親が毎月欠かさず送ってくれる仕送りだけで大飯を食らい、顔に見合わぬ上等な服を買い、髪を伸ばして似合わぬパーマをかけ、たまに女性に声を掛け、うまくいったら二、三カ月は大はしゃぎ、でも大抵は長く続かず大失恋、悲痛なる思いは原稿用紙に書き殴り、表情や景色を伴わない説明的な心理描写で埋め尽くされた、読む者皆赤面必至の恋愛掌編を書き上げ、これはこれでいいものだ、などと夜半に机の上で独り怪しく笑っている。彼は長編が書けない。背景が書けない。物語を作れない。現代で作家になろうと思うなら、これらは致命的欠点である。その他にも、彼には小説を書く上で足りない部分が多過ぎる。所謂感情爆発型の、似たり寄ったりの小品しか生み出せず、何の構想もないまますぐ一人称に走り、思いつくままに筆を滑らせまくり、これが「死ぬ気でものを書き飛ばす」ということだ、などと太宰や織田作にわが身を重ね、イヒヒと志賀直哉式に怪しく笑っている。よく笑うから、友達はいる。 「お前はすごいよ。いいものを書いてるよ。何年留年してもいいから、書き続けるんだぞ」 「いや、そんな、ボクにもボクなりの考えというものがあるからね」 「たとえば?」 「つまりだね、独り立ちさ。金を稼ぐということさ。多少才能があるからって、いつまでも文豪の真似事なんかしてられないよ、阿呆らしくってさ。出版社か、マスコミか、映画会社か、そういうボクの強みを活かせそうな場所に、もぐりこんでやろうかと思っている」
たけみや もとこ
たけみや もとこ
たけみや もとこです。2000〜5000字くらいの読み切りを中心に載せていきます。ジャンルは何でもありです!