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 山本ユウヤはN川美術大学の2年生の春へと足を踏み入れ、晴れて二十一歳を迎えた。コンパクトに散髪したヘアスタイルは少し短く、春風が僅かに涼しく揺らした。彼には特にこれといった親しい友達の仲もなく、ただ平凡に少し高価なアルコール缶を嗜む程度の、そんな誕生日を過ごしただけだった。  部屋を出て、アパートの鉄工階段を音を立てて降りると、新学期の始まる学校へと向かう。服装は自由であるため、ユウヤはVネックの長袖ニットを着ていた。通りへ出て、まっすぐに見える通学用の駅へと向かう。学校までは、地下鉄で三駅程で到着する。急ぐ必要はなかった。駅中にあるB1フロアのコンビニで500mlの天然水を買う。バックに入れるが、少しだけきつかった。いつもの事だ。  上り方面の一番線に足を止めて、時刻表に目をやりながらユウヤは水を一口飲んだ。買ったばかりなので、よく冷えていた。口から胸を通り、腹部へと清涼感が拡がる。電車はあと一分で来る。毎朝の如く学生やサラリーマン達による人だかりがあった。  アナウンスが鳴り響き、早足で後方の階段から駆け降りてくる人達の足音を掻き消すように上り列車がブレーキを甲高く効かせて停車した。五車両分ある車体の前後方のドアが開いた。ユウヤは周囲の人々と共に中へ乗り込む。  車内は、夏ほどではないが涼しく冷房が効いていた。寒さを感じるほどではなく、丁度いい風量だった。  トンネルの暗く長い壁の側を高速で伝い流れる車両の窓から外を眺めて、ユウヤはまだ残っている眠気にもたれた。しかし、寝落ちすることはないようにと瞼には力を入れ続けた。いつもの事だ。  目の前の席には、この時間に乗車する女子高生や、見慣れないデザインの帽子を被った老夫婦の姿がある。それは最早ここ一、二年の日常の風景と化していた。彼らはやはり、いつも通りどこか眠そうな様子だった。  十分と経たずに三駅を乗り継ぎ、目的の駅へと停車する。ドアが開いて数人の乗客と共にユウヤは電車を降りる。少し歩いた曲がり角の先の階段を重い足取りで登って行く。  改札を出ると、眩しいという程でもなく、水色に透けた空が白い雲とともに光を射した。  駅の外へと出ると、ユウヤは通学路になっている道を歩き出す。N川美大へと向かう道だった。すると、ガードレールが敷かれてある草木ゾーンの足元には、既に藤や芍薬が顔を出して、立派に咲き誇っていた。春の良い香りがすると思った。季節が変わった知らせだった。数メートル先まで、歩道を彩っている。
アベノケイスケ
アベノケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)