頭洗えば髪生える

頭洗えば髪生える
シャワーを浴びながら考える。やはり、何度考えても理解出来ない。浴びている内に、自然と考えるのも辞め、流れ落ちる水の中に身を任せていた。排水溝に、白い泡が流れて行く。その光景は、自分にとっては当たり前で、それに対して特に何を思うことも無かった。つい最近までは… カラカラと、小気味良い音を立てて小皿が埋まっていく。毎日必ず、忘れずにそうする。そうした日課の最中に、家のチャイムが押された。誰だろうかと、右手で頭を掻きながら玄関に向かい、ドアを開けた。出迎えたのは、見覚えの無い顔で、思わず怪訝な表情を浮かべる。第一声は、その男からだった。 「初めまして。先日隣の部屋に越してきました」 なるほど、引越しか。心の中で安心していると、シャンプーを差し出された。 「ささやかなものですが。私、結構シャンプーにはこだわっていまして」 見た事は無いが、どうやら良い品のようだ。しかし、今私が引っかかっているのはそこでは無い。意識しない内に、どうやら視線が動いてしまっていたようで、何かを察した男は、笑いながら語り始める。 「貴方が何を思っているのかは、分かります。この通り、僕には髪がありませんから。なのにどうしてシャンプーにこだわるのか、疑問に思うでしょう。勿論、この頭は自分で刈った訳ではありま せんよ。僕には元々髪が生えていませんので、自然と髪が生えることはありません。では、何故シャンプーにこだわるのかと言いますと。まず、髪を洗うという行為は、髪がある人がすることでしょう。ですから、『髪を洗う人には、髪の毛がある』ということです。つまり、髪を洗えば髪の毛があることになるということではないでしょうか。それに 気が付いた僕は、その日からシャンプーにこだわり、毎日頭を洗っています」 一通り聞いた私が、まず思ったのは、こいつは一体何を言っているのか。という事だ。いくら頭を洗おうが、髪が無いものは無い。だが、初対面の相手に、ここまで語られてしまうと、私は何も言えず、満足した男は挨拶をして去ってしまった。 椅子に腰をかけ、もう一度冷静に考えても理解できない。掃除の行き届いた部屋の中、しばらく時間を忘れて考えていた。何故そこまで考えてしまうのか、大したことでも無いだろう。ふと時計を見れば、もう昼になる。小皿の中身を捨て、空にした後、また私はそれを満杯にした。またその日の夕方も、明日も、明後日も、また空にして、満杯にした。
じゃらねっこ
じゃらねっこ
ねこじゃらしが好きなので、じゃらねっこです。