天使の骨 1
「こっちは透明になれる蝙蝠で、こっちは三本足のからす。こっちは三百年ほど前に僕らの祖先と道を違えて海中で独自の進化を遂げた人類の、彼等の国で罪を犯した個体。こっちが宇宙ゴミから宇宙ゴミへと移動していたところを捕らえられた無酸素状態でも生きられる不思議なカエルに、幼年期の少女にしか認識することができない大きな熊、となってはいるが、あいにく僕は幼年期の少女ではないからその姿を確認したわけじゃない。姿かたちは、精神的に安定している全国の少女たちの中からランダムで進出された者たちに口頭で説明してもらったものを総合したんだ。なにせ無知なる善良な少女たちだ。そこにいるものが本当に熊かは分からない。本当にそこにいるのかもね。そしてこっちが…」
固く閉じられた重々しい印象の扉を指さしながら説明を行い、軽い足取りで前を歩く男性は、僕の母の弟にあたる島ジョンソンさんだ。彼はその長身を白衣で包み、頭髪は綺麗に剃られ白人の血を思い起こさせる卵の殻のような清潔な頭皮を施設の廊下に等間隔に設置された模擬風景の明るみへと曝していた。彼の口回りに生え物理法則から脱却することに成功した立派な髭は、彼の背後からでも彼の躰の線を越えて左右から見えるほどだった。
大学受験に失敗し、脱線事故を起こして精神的に深い傷を負った僕は、今年の夏を一切自身の部屋から出ずに生きた。食事は三日目あたりから扉の前に置かれるようになったし、父のトンチンカンな説教は五日で止まった。引きこもりの生活をしているあいだ、僕は自身の部屋の天井が、いくつの視覚的錯覚を持っているか観察していた。天井の染みは時に夕日へ吠える獅子となり、時に水面を凝視するペンギンに変化した。数えたところ千二百十二種の様相を呈した。この結果から僕が学んだことは、自室の天井変化すること限りを知らず、である。天井はいかようにも変化する素晴らしきポテンシャルを秘めていた。ひと夏かけて辿り着いた真理はそれである。
その真理を三か月ぶりに対面した母に話すと、彼女はひどく狼狽し、少し考えたあとにこんなことを口にしたのだった。
「叔父さんが仕事を手伝ってくれる人探してるんだそうよ。気分転換に行ってみたら」
僕は承諾し、叔父の仕事場へと向かった。
叔父の仕事は、世界政府が秘密裏に飼育している特殊な生物の性質を技術的に応用できないか研究することだそうだ。そんな機密事項を簡単に話してしまって良いのか、そう仕事場へ向かう道中に電話で叔父に尋ねると、「それに関しては大丈夫だ、安心してくれ。それに、姉に泣きつかれて断れる弟はいないよ」と苦笑交じりに答えていた。母が泣いていたことを、この時に初めて知った。
電車をいくつか乗り換え、山中の無人駅に降り立ち、そこからバスに揺られること四時間ほど、目の前に海が広がる小村の、指定された家の扉を叩くと男性が一人でてきて、入江に導かれた。そこから手漕ぎの船で一時間海を行き、小島に着いたかと思うと、次はモーターボートで三十分波を割って進み、やっとのことで、そのコンクリート造の正方形をした孤島へ到着したのだった。
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カテゴリー: SF
投稿日時: 2024/10/22 8:34
山口夏人(やまぐちなつひと)
好きな作品
「K君の昇天」梶井基次郎
「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」三島由紀夫
「狐媚記」澁澤龍彦
「阿修羅花伝」赤江瀑
「芽むしり仔撃ち」大江健三郎
「ぬばたまの」須永朝彦
「火星植物園」中井英夫
「半島を出よ」村上龍
「トビアス」山尾悠子
「獣の奏者」上橋菜穂子
「有頂天家族」森見登美彦
「宝石の国」市川春子
2005年6月11日生
ある文学賞に応募したけど、箸にも棒にもかからなかった作品を挙げてます。