医者Ⅲ
暗闇の中、一筋の焔が立ち上っていた。上へ上へと火の粉を舞い上げて、周囲を赤一色に染め上げている。火の粉を纏った蛾は灯りに吸い寄せられたかのように舞い踊り続けていた。其の下で、焼け焦げた兵士は項垂れたまま、火傷で腫れ上がった太腿を掴む。然し、焦げた指は動かず、引っ付いているだけの物体となっていた。淋巴液でベタベタとする全身と、毛のない頭。徐々に焦げる香り。それでも無慈悲に、嗤う様に舞い続けている頭上の蛾を眺め、思わず眼を閉じた。瞼の奥に焼きついた焔の赤みを直視したまま、蝶なら良かったのにと薄く笑う。屍体の黒い煙が風に吹かれて、海へ海へと流れていった。
鮮明に傷口が見える高演色LED照明の下で、エヴァンは紅玉からメスを貰う。眼の前には壊死して黒くなった腕が力無く垂れ、象牙色の膿を纏っている。皮膚は変色して腫れ上がり、乾燥してジリジリになっている。顔も洗ったが焦げて黒い。
「脳外に腕を切らせるとは」
呆れの声を上げて、プスリと壊死している部分より上に刃を入れる。ジンワリと血が滲んで、サクサクと周囲を切り裂いていった。黄色い脂肪や紅い筋。筋肉がプツプツと音を立てて切れてゆく。最後に骨鋸で骨を容赦なく切断した。紅玉が其の腕を重そうに抱えて何処かへ持っていく。其の間に少し短く切断した骨を包み込むように皮膚を縫合器で糸を通して、結んで剪刀で切る。脳神経、脊髄と違う緊張感が漂い、何度も鱗で硬い手を揺らしたりして調子を確かめて居た。
「ねえ、瑪瑙先生ってサーフィーの兄ちゃん?」
暗闇から紅玉の声がする。エヴァンは着けていた手袋を剥がして替えながら、意外そうに眼を開いた。
「そうだ。弟の事、知っているのか」
「私、学生の時サーフィーに拾われて育ったから知ってる」
紅玉もパチパチと手袋を交換して、器具もさっと替えられる。悪運が強いのか重症患者はほぼ全員治療して、病室に移動されていた。しないはずの屍体の焦げた匂いが鼻腔の奥を通り抜ける。胸の奥を素手で触られた様な感覚に純粋な笑みを浮かべ、また口角を下げた。
「名前は」
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カテゴリー: SF
投稿日時: 2025/10/4 10:52
愛染明王