終末に口紅

終末に口紅
凡そ一週間ぶりの我が家は、他人行儀な香りがした。否、自分が気付いていなかっただけで、これがこの家の匂いだったのだろう。めぐる生活のなかで鼻が慣れきっていたことを今更作る。なんだか、無性に嬉しかった。この家の住人であると、そう思わせてくれるみたいで。 「おかえり」 ドアを開く音を聞いた女が小走りで出迎えてくれた。その体温を腕の中に感じる。久々の香りは、確かに家に漂う香りと同じだった。 肩に埋まった顔。震える睫毛。連綿と紡ぐ呼吸。七日ぶりに抱いた女の肩はこんなに小さいものだっただろうか、と思う。細胞の全てが彼女の存在に歓喜して、触れた箇所が粟立っている。同時に、虚しい。普通に暮らしていれば、これまた普通に享受できる幸せを、彼女にはこれっぽっちも感じさせてやれない。そしてそこまで理解していながら戻ることも変わることも私はできない。停滞した感傷は、それでも新鮮に私を蝕む。 「ごめんね、長い間帰ってこれなくて。アイツら頭硬くってさあ」 「いいよ。帰ってきてくれるなら、それで」「何も状況は変わんなかったのに」 「いいってば。わたしは理解されたいなんて思ってない」 「だめだよ、それは」 「ねえ」
こより
こより
ᴴᴱᴸᴸᴼ¨̮