古の花
黄色き夕焼けが京都の街をやさしく包み込む、橙色の空の下、静けさの中に鳥のさえずりが響く。ひんやりとした空気に海の香りと、どこか遠くから漂う沈丁花の香りが混ざっていた。それは、まるで時間が止まり、街そのものが深く息をしているかのような瞬間だった。
道を歩くを歩く少女の名は彩葉(いろは)。彼女は黒髪をゆるりと結い上げ、真紅のスカーフにセーラー服を身に纏っている。傘をつきながら進むその姿は、どこか儚さを感じさせる。路地のアスファルトには、昼間の雨が残した透明な輝きが散らばり、彼女の足音が静かに響くたび、微かに水滴が跳ねた。
「ここは、本当に夢のような場所だね……」
小さな声で呟いた言葉は、誰にも届かず夕焼けに溶けていった。彩葉の心には、今でもあの日の記憶が深く刻まれている。祖母から聞いた伝承京都には"舞い降りる花"があるという。その花は春先の満月の夜、静かな庭や神社の境内に現れ、かすかに発光すると伝えられていた。かつて古の時代、人々はこの花を"想い桜"と呼び、神聖なものとして崇めたという。それはただの花ではなく、人々の心の奥深くに宿る記憶や感情が形を成したものだとされる。そして、その花を見た者は、過去と未来をつなぐ秘密を知るとともに、心の奥に秘めた想いが解き放たれるのだという。
彼女がその話を信じた理由は、祖母が亡くなる直前に見せた微笑みにある。何かを伝えたかったような、その笑顔。そこに込められた意味を知りたくて、彼女はここへ来たのだ。
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カテゴリー: ファンタジー
投稿日時: 2025/2/13 4:22
室永 秋太郎
11月17日生まれ