オートロックの罪悪感について

 夜をはじめとする暗闇は世界の色が数種類に限られて見えるだけで、そこにあるものの本質は変わらない。それでも暗闇で円やかに光る外灯は律にとって頼りがいのある希望に見える。息を吐くタイミングで右足を地面に接地し、息を吸うタイミングで左足を接地する。律は心臓のリズムで歩いている。  百メートルほどの間隔で外灯が置かれているので、百メートルごとの歩数を数えてみる。百十六歩だった。  五二三歩歩いたところでアパートに着いた。   「ただいま」誰もいないアパートの一室に律はつぶやく。もちろん誰からの返事もないが、返事があったら困るので帰ってきた事実をこの部屋に教えるのだ。半年前に上京したとき山手線にしては破格の家賃で住めるこの部屋に決めたのだが、オートロックがないタイプのアパートだった。男だからオートロックはいらないだろうという理由で多少のセキュリティの甘さは妥協をしてこの部屋に決めた。しかし「男だから」とかいう時代錯誤的な理由でここに住んでいることには、多少の罪の意識があった。今どき性自認は男や女だけではない。  律は疲れた体をベッドに投げうった。目を閉じてオートロックの罪悪感について考えてみる。「男だから大丈夫」とは一般論的に言えば問題があるのかもしれないが、個別化して自分の問題にすることには何の問題もないのではないか。性的マイノリティの人々が自分の性別を自由に自認していいように、マジョリティ側にも性別を自認する権利がある。ここでマイノリティ・マジョリティと言ったのは統計的に生物学的な性別と性自認が一致している人の方が多いからであり、他意はないことをここで述べておく。律の頭の中を誰かが覗けるわけではないが……  律の罪の意識は眠りと共に消えていった。
洞田浮遊(うろたうゆ)
洞田浮遊(うろたうゆ)
小説家になりたいです。