ぬかるみ修学旅行
わたしの通う女子高は二年生の時に修学旅行にいくのだ。わたしは二年生だから晴れの修学旅行生なのだ。修学旅行は温泉旅行なのだ。とても楽しみにしていたのだ。
でもいざバスを降りると、外はなんだかぬかるんで、よどんで、ふくらんで、にがくて、なまぐさくて、面白いもの何もなく、かぐわしい湯の花の香りに満ちた草津温泉のような街を想像していたわたしたちは、大いに落胆したのだった。わたしたちが歩かされた街道は、道というよりぬかるみで、建物といったら幼児が粘土でてきとうに作ったストーンヘンジや、石舞台古墳的な代物ばかり。ただでさえ模糊としたあれらの遺跡から、太古の呪術の空気なり歴史の威厳なりを取り去った状態、徹頭徹尾がらくたである。気のきいた土産物屋も見当たらず、宿までの道だというそののたりくねった泥の坂を、延々歩かされたのだった。
でも落ちこんでばかりいるのもよくない。この街道はあまりにぬかるんでいるので、足を前に踏み出さずに立ち止まっていると、自分の重みでずるずると地面に靴が飲みこまれ、いつのまにかクラスメートの数が減っていたりする。それを知ったわたしたちは、内心ますます気落ちしながらも、なるべくリズミカルにスキップして移動することに決め、世間の期待通りの楽しげな修学旅行生を不本意ながらも演じているのだった。陰気なぬかるみの街はそれ自体が大きな一個の生きものであり、来るものを飲みこんで体の一部とすることを望んでいる。ふとそんな啓示があって辺りを見回すと、道理でさっきいなくなった女の子たちが、この街全体を覆っている濃霧(湯煙だとしたら、こんなにおいのする温泉は生者のものではない)や、黒いローファーの底にねちょねちょとガムみたいにからみつく地面や、ねずみ色の粘土の建物の中から、わたしを見ている気がするのだった。でもはっとした時には、もう姿がない。
ばっさり記憶が飛び、気がつくとわたしたちは、一学年まとめてとてつもなく手狭な女風呂に押しこめられていた。うちの学校に二年生が何人いるかは忘れたけど、少なくともこの浴場を埋め尽くせるくらいの人数はゆうに超えているはずだった。見渡す限りぎちぎちに女の肉が詰まっていて、どこに温泉があるかもわからない。足元に感じる温かいものは、わたしたちの肌から噴く汗で、もしかしたらどこにも温泉なんてないのかもしれない。でもみんなお湯があると思って我先にと湯船とおぼしき所に群がり、ゴツゴツと肘打ちしあって争っているのだ。全裸だらけの押しくらまんじゅう大会。ドアが壊れて出られなくなったサウナみたいな、蒸し暑さと絶望感。自分だけ座ってくつろごうとする奴など絶対に許さない空気があり、立ったままおしあい、へしあい、ののしりあい、恥知らずにもめている。
もし、はじめから温泉など一滴も湧いていなかったのが判明したとしても、誰も責任を取らないし、むしろ自分がいやな思いをした責任を誰かに取らせようと躍起になるのは目に見えている。わたしたちはそういう生きものなのだ。ここでの競争を生き抜いて卒業できたら、外の世界にはもう分別ある大人しかいない。だからうちの学校の先生たちはいつも、わたしたちを社会に出ても恥ずかしくない立派な大人に教育してやると息巻いて、鼻血出して、ヨダレ垂らしているのである。ただ、彼らが教室で抜き打ちで実施する服装・頭髪検査の時、可愛い女の子ほど時間をかけて舐め回すような目で精査される道義的な理由を、わたしたち子供はまだ教えられていない。
2
閲覧数: 191
文字数: 3101
カテゴリー: ホラー
投稿日時: 2024/9/12 11:02
最終編集日時: 2024/9/13 14:54
たけみや もとこ
たけみや もとこです。2000〜5000字くらいの読み切りを中心に載せていきます。ジャンルは何でもありです!