この飴が腐るまで

この飴が腐るまで
すっかり埃を被った飴玉を、口に入れて転がした。広がる不快感に、顔を歪める。喉が異物感を訴えて、思わず吐き出しそうになる。口中に砂のような埃がへばりついて、水分が失われていく。それでも必死に転がし続けて、そのうち目には涙が浮かんでいて、時も忘れてただ舐め続けていた。いつの間にか、口の中には唾液がたまっていて、あるはずも無い喉仏をごくりと上下させると、口中の唾液を飲み込んだ。そうすると、気が付いた。甘い味。埃の先の飴玉は、まだ甘くて、美味しくて、そうするうちに涙は引っ込んで、いつの間にか、夢中になって舐めていた。舌が、喜びに打ち震えている。惜しみなく流れ出る唾液が、ぽとりと地面に落下して、じんわりと広がっていく。口から伸びる透明な筋が、飴を味わう彼女の表情が、息を飲むほどに、色っぽい。 大丈夫、この飴はまだ、腐っていない。 ─ 青い飴 ─ 雲ひとつ無い大空を、飴玉越しに眺めてみる。微かに色が変わっただけで、何も起きない。そんな馬鹿なことをしている私の手をそっと掴んだ彼は、私の手を口へと近付ける。もう、届く。その瞬間、一筋の陽光に照らされた飴玉が、どうしようも無く綺麗に光っていて、そしてその光は、彼の口の中へと沈んでいった。飴を転がしながら、にたりと笑う彼は、そんな陽光を忘れさせるほどに、綺麗だった。私も同じ飴を舐めてみる。この飴は、こんなにも甘かっただろうか。 ─ 白い飴 ─ 初めてだった、甘くない飴を食べたのは。初対面の私達。彼の手には飴入りの袋があって、その中身を渡された。受け取って食べた飴は全然甘くなくて、驚いた私の顔を見て、彼はくしゃりと笑っていた。それで私はムッとして、そんなに笑うことはないじゃないかって、心の中で少し怒ったけど、そのうち馬鹿みたいに思えてきて、気が付いたら笑ってた。彼も一緒に笑ってて、冷めた味の飴とは裏腹に、顔はいつの間にか熱くなっていた。この日、私は初めての味を経験した。 ─ 黄色い飴 ─ 涙を流す私を見守って、彼はずっと傍に居てくれた。遠くの橋を並んで見つめる私達は、日が暮れるまで動かずに居た。その時の私は気が付かなかったけれど、橋の上を通る電車を見た彼の横顔は、驚くくらいに寂しげで、涙を堪えているように見えた気がした。しばらく話して、いつの間にか泣き止んだ私に、彼は袋を取り出して中の飴を渡してくれた。笑って頬張る彼を横目に、私も飴玉を口に入れた。それは、胸を締め付けられるほどに、酸っぱかった。 ─ 赤い飴 ─ 夕暮れの中、私は電車を見送った。多分、また泣いていたのかもしれない。泣き腫らした私の目は、多分すごく赤くて、彼はなんでもなさそうに笑っていたけれど、彼の目も赤かった。電車を待つ間、彼に飴の袋を渡した。中には一通の手紙を入れた。彼は嬉しそうに受け取ると、もう食べようとしたので、止めた。残念がる彼は、すぐに立ち直ると袋を取り出して、中の飴を私にくれた。二人して転がして、笑いながら話して、後半は泣いていて、それでも、最後は笑っていた。
じゃらねっこ
じゃらねっこ
ねこじゃらしが好きなので、じゃらねっこです。