歯ぐきと歯
電車は田畑の残る田舎道を、高く昇った太陽に照らされながら走っていた。時折、おわいのにおいを顔をしかめながら結城は大学へ戻ろうとしている。
結城は都内の大学で考古学を教えている。三時間ばかり電車に乗って行ったところで遺跡が発掘されたとのこと、生徒たちを連れて行く予定で、その下見のためにひとりでやってきている。話によれば、この遺跡は弥生時代のもので、貯蔵用の壺や煮炊き用の甕などや木製器具、甕棺などが出土したという。生徒たちと共に見学に行こうと考えていたが、いてもたってもいられず、とにかく行ってみることにした。
ところが、聞いていたような出土品はなく、目茶苦茶に荒らされたような跡しか残っていなかった。遺跡発掘現場として生徒たちに見せるにはあまりにも乱雑であり、かえって考古学に偏見をもたれるのではないかという程の有り様だった。われわれ若い研究者が調査を行えば、最新の機器を使いより正確に、そして文化財として後世に残せる形で発掘するのに、老人たちは昔ながらの方法で掘じくったり叩いたりでこれでは遺跡に傷をつけるだけだと腹立ちまぎれに思う。都会生まれだが、学生時代は考古学の遺跡調査などでどんな田舎町にも行ってきた。成果のあった帰りに田舎道のおわいのにおいを嗅げば、むしろ恍惚とした気分になれたのに、今日はそんな気にもなれないなどと考えながら、電車はただ車体をきしませながら進んでいる。
結城の乗った車内には、ほかにおばさん二人しかいない。他の車両を覗いても、ほぼ同じ状況である。ビルが見えたり時間がもっと遅かったりすれば混雑するのだろう。
「お隣の旦那さん、帰ってこないらしいわよ。どこに行ってるのか不思議じゃない。女でも作ってるのかしらね、イヒヒヒ」
「あら、いやあねえ。もしかしたら、新宿あたりで寝っころがってるかもしれないわよ、ワッハハ」
目の前のおばさん連中が口をでっかく開けて大声で怒鳴っている。ここらへんからも通勤している人間がいるのだろう、考えてみればたった三時間で東京に行けるのだから不思議はないなと考えながらも、やけにうるさいおばさん連中に腹を立てていた。
「なにあの人、こっちばかりジロジロと見て厭あねえ。あたしに気があるのかしら、エヘ」
小声で口を隠すようにしながら結城を指差して笑っている。まさか聞こえないと思っているのだろうか。小声とはいえ、聞こえないわけではない。なに言ってやがる、おまえらなんか見たって嬉しかないよ、そう思いながらも顔を赤らめ下を向いた。
すると二人のおばさんの足元で遊んでいるピンク色の物体が見えた。くの字型の物体で、その上方に小さく白い米粒の大きくしたようなものが乗っかっている。結城はしばらく、それが何なのか見当もつかなかった。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2021/9/18 13:57
べるきす
文芸短編小説をメインにアップしております。
なにかを感じ取っていただける作品を目指して^_^
もしかしたら対象年齢少し高めで、ライトではないかと思いますが、ご興味をお持ちいただけましたら幸いです☺️
名刺がわりの作品としては「変愛」を。
もしご興味いただけましたら、少々長いですが「This Land is Your Land」を読んでいただければ幸いです。