第零章

第零章
 クリスタルナハト(通称水晶の夜)とは、一九三八年十一月九日の夜から十日の未明の頃にかけてナチス政権下のドイツ各地で発生・勃発した反ユダヤ主義暴動、又ユダヤ人迫害事件の事である。当事件の概要としては、ユダヤ人の居住する地域であるシナゴーグ等の地が、次々と反ユダヤ主義暴徒の襲撃の的となり、放火や住民達への無差別的な暴力が繰り広げられ、振り掛けられたものとなっている。  暴力を主先導したのは、SA(突撃隊の事。正式名称はシュトゥルムアプタイルング)の隊員で、ナチス・ドイツの総統であるアドルフ・ヒトラーや彼の保護親衛部隊であるSS(シュッシュツタッフェル)はこの騒動を止めるに至らず、あくまで傍観者としての立場を貫いた。  事件の名称の由来としては、破壊された店舗等のショウウィンドウやショウケースといった硝子が、夜の月灯りに照らされて、水晶の如くに煌めいて輝いていた事が要因として挙げられている。  当事件の大きな原因としては、ナチスによるポーランド系ユダヤ人達の追放が確かにされている。一九三三年一月三十日、反ユダヤ主義をモットーに掲げるも、多数のドイツ国民からの支持を受けて、当時ドイツの主格的な一党となったナチス党の総統、党首であるアドルフ・ヒトラーがドイツ国首相に任命されたのち、ドイツ国内では、ドイツ系ユダヤ人の迫害が悪化している現状があったのだけれど、ポーランド人は比較的そんな彼らに追随する迫害に同様に晒される事はまだなかった。  事の発端は、ポーランド政府が一九三八年十月六日にすべてのポーランド旅券について、検査済みの認証印が必需であるとする新たな旅行法を布告したことにある。この旅行法によって、ドイツに在住するポーランド系ユダヤ人の旅券と国籍が無効化されたのだった。しかし反ユダヤ主義の一国であったポーランドは、かような旅行法の産物となる、ドイツ在住のポーランド系ユダヤ人達の帰国を嫌悪していたのだった。  一方でそれらの思いとは逆に、ポーランド系ユダヤ人をポーランドへと送還させたがっていたドイツ政府は、このポーランド政府の決定事案に憤怒したのであった。その為にドイツ政府は、ポーランドの旅券法が発効されうる一九三八年年十月三十日よりも先手打法として、ポーランド系ユダヤ人を強制的にポーランドへ送り返してやろうという企みを抱いた。  そしてかの旅行法発行の当日、累計一万七千人にも募るポーランド系ユダヤ人の帰還移送が大型荷物車や列車等により実行されたが、車両達がポーランドの国境地帯に到着した際に、ポーランド国境警察はこの行為に対して、国境を封鎖してしまい、ユダヤ人の受け入れを断固拒否したのである。当時まだ旅券法が正式に発効されていないのにもか関わらず、ポーランド政府はまだ有効であった旅券を持つポーランド系ユダヤ人の受け入れを独断無法的に拒否したのであった。  このような事から、結果としてドイツ政府からもポーランド政府からも受け入れを拒否されてしまったユダヤ人達は、国境の無人地帯で住む家や食料も安住に携えるものがまるで存在しない状態となって放浪に至る事となり、成り得るところが、彼等はかつてなく窮乏した生活を余儀なく強制(しい)られる事となり、無居住地者や、酷い時には餓死者も大勢にわたり生まれたのだった。  そしてこの事件の直後に、更なる反ユダヤ主義暴動に拍車を掛ける事件が勃発したのであった。それが、記されるところのラート事件である。ラート事件とは、簡潔に述べるならば、ポーランド系ユダヤ人家庭の少年であり当事件の主謀者ヘルシェル・グリュンシュパンによる、ドイツ大使館の三等書記官であるエルンスト・フォム・ラートに二発の銃弾を撃ち込んで、その彼を殺害した一様の事件の事を指し示すものである。
阿部野ケイスケ
阿部野ケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)