独筆文

『書く』という行為に対し、あまり身構えるのも良くないのかと思う今日この頃、小説という括りから抜け出し、エッセイというものに手を出そうと考え今に至りますが、それもまた簡単では無いようです。なんとも嘆かわしいとため息をついたとて、文章は綴られないのですが… エッセイとは自由である。という言葉を幾度とも目にしましたが、私からしてみればそれは、驚くべきハードルに他ならないと感じます。というのも、私にとっては小説を綴ろうという試み以上に、エッセイというものに対して難しさを覚える節があります。そしてそれは、過大な自由という縛りによって、何を書けば良いのかと途方に暮れてしまうからなのです。 ただ主観を綴れば良いのだ。と自由を突き付けられた際、それは銃口にも勝るとも劣らない引き金の境地に立たされたかのような、選択への硬直が絶えず現れます。 小説、詩、歌、あるいは俳句などの作品には、規律という柵の中での創作が主であり、無論創作者の自由は存在していますが、形式に則り書き連ねる環境が適度な制限によって想像能力を掻き立て、刺激となります。ですが、エッセイという分野においてはその柵は取り払われている。もしくは圧倒的に広い空間が保証されていると印象を受けます。そして、これがかえって何を書けば良いのか分からないという疑念を生んでしまうのです。 好き勝手に好きなものを書けば良いでは無いか。 それこそが、やはり中々どうして難しいものなのです。 何よりもこの飛び越えるべきハードルを補佐し、支柱を伸ばさんとする感情が存在しています。それは面白味という観点です。
じゃらねっこ
じゃらねっこ
ねこじゃらしが好きなので、じゃらねっこです。 毎日投稿始めます。