流木

 それは夜の暗闇で讃えられたように燃える炎だった。海岸には私と彼女しかいない。彼女は瑠璃色のワンピースを着ていたはずなのだが、その炎のせいで今は正確な色がとらえきれない。  暗闇とは目にうつる世界の色が暗くなる現象のことだ。人々が重く苦い夢を見るほど、暗闇は濃くなっていく。  彼女は裸足になり、岸と海のちょうど境目を歩き出した。砂浜に刻んだ彼女の足跡が波によって半分だけ消える。足跡は彼女の重みを砂に刻み、波は半分だけその重みを飲み込んで帰っていく。  やがて彼女は炎から離れて行き、どこからか流れ着いた漂流物の前で立ち止まる。暗闇の中の漂流物はまるで本来の機能を失った汽車のように重くうなだれている。  彼女は漂流物を見て泣いていた。暗闇は涙の色だけを不平等に輝かせてみせる。私は彼女の足跡の一歩分だけ海の側を歩いた。波は私が彼女に向かって歩いた足跡を全て消す。
洞田浮遊(うろたうゆ)
洞田浮遊(うろたうゆ)
小説家になりたいです。