風任せになっていく(2021.11)
七森こずえは洗濯機に呼ばれるまで、グラスの中に答えを探していた。〝朝〟と〝昼〟の箇所が空いたピルケース。喉を通過して以降、どこに溶けていったのかわからない。
おろしたてのワイシャツがバスタオルと絡み合っている。引っ張り出そうとするも、冷たくなった衣服の重みでやる気にブレーキが掛かる。ランドリーバッグを引きずりながらベランダに繋がる戸を開ける。風がカーテンを蹴り上げる。
難しい名前の病が身体に居着いてから半年が経つ。
当然のように、普通の人生を送るものだと思っていた。劇的でないにしても、人並みに努力と苦労を重ねれば、ささやかな幸せがやってくる。結婚をして子どもを授かり、いつしか定年を迎える。両親やその他大勢のように。
「落ち着くまでうちにいたらいいよ」という彼の言葉に甘え、七森は仕事を辞めた。
病院に通いながら、専業主婦として恩返しができればいい。そう思っていたが、引け目もあった。彼の仕事が大変だと聞く。いつまでも支えられてばかりではいられない。
身を粉にして働いていた、あの頃に戻れるのかさえわからない。もしかしたらこのまま、何者にもなれず人生を終えていくかもしれない。そんな不安も、家事をしている時だけは誤魔化すことができた。
洗濯物が小刻みにリズミカルを取る。七森は柵に肘を付き、陽に照らされた景色をぼんやりと眺めていた。さらさらとした空気が肺を満たす。柔軟剤の爽やかな香りを嗅ぎながら風に当たるのは気持ちが良かった。
上の階から男の子の元気な声が聞こえてくる。
ビューン。やっつけろー。キック、キック。ドカーン。ひとりで戦いごっこをしているのだろうか。あどけない声に耳を傾けながら、どんな遊びをしているのか想像してみる。ついツッコミを入れたくなるような展開でさえ、愛おしく思えた。とても平和な時間。七森は大きく口を開け、あくびをする。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2021/11/9 23:30
最終編集日時: 2021/11/9 23:32
飛由ユウヒ
〔ひゆうゆうひ〕小説で誰かの心が救えたらいいな、と願いながら書いてます。名古屋の同人文芸サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて執筆とデザインと広報を兼任。『ブラッケンド・ホワイトフィッシュ』ステキブンゲイ大賞一次選考通過。#100円文庫 を毎月10日更新!
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