第三章

第三章
 ハルキがルカという少女を拾ったのは、その数日後ーー二、三週間ほど経った頃であろうかーーの夕暮れ方だった。街通りには、真冬らしいその夕刻を告げるかのような吹雪が天候の急変により吹き荒びはじめて、辺り一面の景色はすっかり瞬く間に凍てつく冷たさの雪の暴風に染められてしまっていた。 「おい、大丈夫か?」  ハルキは大通りへと戻った買い物の帰り道に、道端でとある一人の少女の姿が降り積もる雪の中にもはや埋もれて倒れ込んでいるのを見つけると、すぐさまにその場へと駆け寄っていって、声を掛けた。少女の体は、確かめるまでもなく、全身を洩れ隈なく雪もとい氷粒で完全に閉ざされていた。そして、歩道に等間隔に建っている街灯の仄白い照明が、彼女の雪から覗く横顔を朧げに照らしていた。 「おいってば、聞こえないのか?」  返事がないため、もう一度ハルキは大声で呼び叫んで、少女の身体を強く揺らす。しかし、彼女にその声は一向に届いてはいないらしく、彼女の反応が見られる見込みは感じられなかった。  ハルキは、うつ伏せになっている少女を抱き起こして、仰向けの状態にさせる。その顔を見やると、どうやら彼女はすっかり意識を失ってしまっているようで、両目を完全に閉じ切っていて、表情は眠りに沈んでいるものの形に固着されているように見えた。ハルキはそして、彼女の胸元の起伏や、呼吸器の息づかいの作動、それから手首の脈などを確かめた。するとどうやら、彼女は幸いにも、まだ息絶えずに、生きていることが確かめられた。その証拠に、いずれも微かな動き、反応ではあるけど、胸部は起伏を成し、呼吸器からは息が吐き出され、手首には脈打つ感触が間違いなくあった。ハルキはそれらの事実に取り敢えずほっと息をついて、自分の胸を撫で下ろした。こんなにまで深く眠っているのだから、俺がいくら叫んで呼びかけてみたところで、目を覚まさずに反応がないのも無理はないんだろう。ハルキはそう一人で納得して、一向に降り止む気配のない雪の中、しばらく少女の姿を立ち尽くしながらに観察した。  少女は、今の日本国内には珍しいーー少なくとも、ここ何年かのうちではーー鳶色(とびいろ)の色素を持つ髪質の頭髪をしており、その毛先は、顔の半分を覆い隠すほどに長く伸びていた。冷凍保存されたかのごとく霜の張りついた顔つきは、幾分か幼く、しかし同時にどこか大人びたものの雰囲気も感じられた。肌の色は、日本人の黄色人種特有のそれと同様であり、ハルキは彼女のそんな容姿をひとしきり確認して、彼女はきっとどこからかこの街に迷い込み、紛れ込んできた少なのかもしれないな、と判断した。いや、そんな推測をするまでもなく、少女は明らかに、その姿を見るからにこの街通りにおいて行き倒れになった存在であることは、誰の目にとっても明白であるはずだった。また、少女の身につけている服装といえば、袖のない薄着の白いシャツと、裾がほつれ、好き放題に裂き傷の破れが散見される、ぼろ切れのような丈の短いスカートと下履きの下着を身につけているのみで、とてもこの悪天候の中で身につけるべき服装とはどれほど間違ったとしても言えるようにはなれない、見るからに痛々しげで、寒々しげで、それでもって貧相悲惨たること極まりない、哀れな様式を纏っているばかりだった。  ハルキは取り敢えず、最初に少女の身体を抱き上げると、無駄ではあるだろうけれども、身体から大方の雪の塊を払い落とすと、幾らかその全貌が露わに近づいた彼女の華奢な体型を背中に乗せやって、彼女を背に抱える体勢を取った。そして買い物袋を片側の肩に提げて、なんとか体勢を維持しながら、自宅へと帰る準備をつくった。  少女の身体は、見た目通りというべきか、大して重量の負荷はそれほどの苦として感じられるところに至らなかった。つまり、ハルキはその少女を背負い帰宅することに、何ら大きな難を要することは恐らくはないだろうと安堵して、雪が吹き荒び、凍りつくような街通りを家のある方角に向かって、足元を滑らせることのないように、ゆっくりとそれでいてできるだけ急ぎ足で歩を進めていった。  ハルキが少女をなんとか背負い続けてようやく大通りの国道の面する通りまで辿り着いて横断歩道を渡ろうとした時、ハルキの目の前を一台のかなりの速度で自動車が通り過ぎていき、あやうくハルキはその車体に衝突する事態を免れたが、背中の彼女の重力とハルキが片膝を崩したことによって、彼は雪の中に束の間片足だけ転倒した。
阿部野ケイスケ
阿部野ケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)