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ルカは、ウォルト・ディズニーのアニメイション映画作品の「バンビ」がとても好きだった。一週間に一度、曜日こそは決まってはいないのだけど、時刻帯は大体において、ハルキと二人で夕飯を食べ済ませたほとんど夜の九時か十時の辺りに、彼女はハルキを誘い連れ添って、バンビを観る習慣を身に付けていた。彼女の中での、ある種のルールのようなものとも言えるほどだったが、別にそんな風にルカ自身が決めて無理して観ているわけには至らず、ただ単純に何度もその映像作品を彼女の中で、懐古的精神部に定期的に導入して、映し出されるレトロチックな彩に感応して、言葉では表現し切れない人間に遺伝的に組み込まれた郷愁やそれから信号されて派遣される、もしくは繋がっている様々で色取りどりな感情を幾夜と何度も確認するように、そして忘れることのないように、より更に豊かに成すべく、ある意味では貼り付けるように取り留めておきたかったためにというルカの心理深層に存在する、無意識の想馳(そうち)が生み出して彼女の胸に呼び掛ける誘惑が彼女の繰り返す日常化した作品観賞を誘発しているに過ぎなかった。今夜もハルキとルカは二人でテレビ前のソファに横隣に並び、仲良く座ると、テレビに映し出された「バンビ」を鑑賞する。ソファの柔らかく穏やかで和みのある羽毛質の布地の丘が、彼らの身体を優しく、そして暖かく抱擁する。
アンテナ付きのTVの、下側に設置されたビデオプレーヤーにいつものように、ディスク作品群を収納した部屋から持ってきた「バンビ」のDVDディスクを挿入して、古き良きアニメイションの映像作品を再生する。甘美な歌と共に、ウォルト・ディズニーという英式文字や、その他に携わっている本作品における映像制作・配給会社のロゴなどが一様に映し出されて、「BANBI」というタイトルのテーマと共に、挿入歌の音量が大きく響き渡り出して、ようやく物語の冒頭へ導入していき、見慣れたストーリーの開始へと繋がっていった。ハルキの横では、ルカがクッションを抱いて、目を見開いて、静かに呼吸をしながら視線先のTV画面に映し出されるアニメイションを、まるで見守るように眺めていた。
深い緑の森林の中をスクロールして映し出す映像、その中に生態系をつくって暮らしている可愛らしい動物達の、目覚めの朝のシーンが数秒ほど流されて、鳥の囀りが動物達の頭上、朝日の照らす光が森の深緑に差し込むのと同時に動物達の耳に届いて、重大な出来事を甲高い声音で伝える動物達の集い密するべくその出来事の原場に駆ける足音や他のみんなを呼び向かいさせる掛け声が木の幹の穴に住む長老のごとき出立の木の小枝に脚を掛けて留まっているフクロウの眠気を起こし覚まさせて、何事かを森中に知らせる。そこにはバンビの母親がお淑やかに身体を落ち着かせていて、その腹下にある、この森に宿し産み落とされた新たなる愛しき生命を優しく、その慈しみで暖めるかのように抱擁して、それを息を呑んで待ち見届ける動物達に依然として柔らかな面持ちを目配せていた。集まったアライグマや、ウサギや、ネズミや、モグラや小鳥の家族達が、次々と登場して集まってくる。そんな可愛らしい森中の動物達が、バンビの誕生を祝福して、バンビが立ち上がるのを見守っている。バンビが立ち上がるところで、少しいじわる気質なウサギの子どもが、揶揄うようにバンビのおぼつかないその足元で、小さな身体を彼の脚の隙間を旋り抜けるように走り回っていた。ウサギの子どもは母親のウサギに呼び止められて、再び母親鹿の元で眠りに就こうとするバンビの、彼が産まれてきたかつての母体の側に戻りゆく姿を後ろに見ながら、他の動物達とともに、広い森の深くの自分の住処へと飛び跳ねて去って行くのだった。
ハルキは、ルカとバンビを視聴するとき、いつも複雑な気分になった。彼の父親は、鹿や鳥などを狩り撃つ、猟師だったからであった。そのために、ハルキは父親の獲ってきた山の動物達の死体を、幾度となく目にしてきた。その光景はとてつもなく残酷なものとして、彼の瞳のうちに映った。しかしそれでも、ハルキは彼の父親のことを悪人だとは思わず、子ども心ながらに、父には父なりの倫理観や彼の生活の上に成り立っているであろう考え方がきっとあるんだろうな、とそんな風に思考を張り巡らせて、父親に向かって、非難の言葉や態度のそれを浴びせることはしなかった。例え、自分の家の中に運び込まれるのが、目を閉じて二度と戻ることのない意識を別の世界へと不意にも葬り去ってしまった、生する実感の無い肉体の温度の低下を待つだけに留まるのみの、可哀想で儚く哀しげな、無慈悲の死を人間によってもたらされた動物達の自然を包有して横たわる、この上なく刹那げな息の絶えた物質姿形であっても。そして、決してそれが引き金となる原因となったわけではないのだけれど、それから幾数年も月日年月が過ぎて、ハルキは動物達と共存する未来を願望の視線の先に抱き、そんなこの近代的社会に於いてはいささか無謀とも言えるかもしれない自身の主義を選んで、決意したのだった。その決意の一つの表れが、ハルキがこの街の丘上に存在して聳えるログハウスに移り住むことを決めた行動に大きく含まれているともいえた。
映画の中盤で、森に冬の季節が訪れて、動物達が冬を越すシーンが映り出される。あの少しいじわる気なウサギの子どもと、仲良く森の中でバンビは戯れて、微笑ましく遊び回っていた。そんな和やかなシーンがしばらく映し流される中で、バンビと物静かに冬を貫いて地面に生えた稚(わか)い新緑の草を食べ進めているバンビの母親が、森に駆けつけてきた猟師の人間達の乱弾する銃弾によって、一人手で森の奥に逃げ走っていったバンビの後方の、森の入り口の広い草原地で撃たれてしまうシーンが流れる。そのバンビの母親が撃たれるシーンで、ルカはいつも涙を流した。涙を流さない日もあったが、そういう日は珍しく、稀なことだった。飽きるほど観ているはずなのに、飽きることはなかった。それは、ルカにしても、ハルキにしても同じことだった。今夜もやはり、ルカはそのシーンを眺めてその目に映して、涙を横頬に流して伝い落とした。ハルキはそれを横目で見つめて、自分の頬が何かの微かな熱を帯びるのを感じる。母の失踪、喪失を純真な幼心に嘆き悲しんで、寒々しく吹き荒れる雪風の中に暖かさと冷たさを共存させる透き通った涙を流すバンビの元には、今その森林そして山々を威厳として司る巨きな角を持つ山の主の鹿が姿を現して、バンビをどこかへと導きつれて行くのだった。
その後に、バンビが成長した姿で登場して、同じく成長したいじわる気な様子があったかつてのウサギの子どもの彼と、春の訪れを愉しみながら、長老のフクロウに、生物的な恋という存在を教えられる。今ひとつその意味が分からず、それに気付かないバンビを他所にウサギや仲のいい動物達は、次々に恋の正体に気付き始める。そんな中でついにバンビは彼自身の恋を見つけるのだった。彼が恋をしたのは、冒頭でも登場した、彼と同い年くらいの、ファリーンという女の子の鹿だった。バンビとファリーンは無邪気だった頃とは違う、大人びた恋に落ちて、二人で彼らの美しさに溢れる春に思いを互いに寄せ馳せるのだった。しかし再び突如、暗雲の空が訪れて、狩猟に駆られる人間達が森に姿を現し始める。バンビやファリーンをはじめて、他の動物の親や子どもをはじめとする家族達や一匹で暮らす住民達は一目散に逃げ惑い、各々の隠れる住処や、森奥深くの人間の足の届かないであろう草茂みの地に小さな身体を隠すのだった。バンビは見失ったファリーンの姿を探し出すために、彼にとってしても深く広大な森の中を駆け巡る。やがてバンビは森の中で躓いてしまう。その元に駆けつけた山の主の鹿が彼を鼓舞して、立ち上がらせる。森は小さな赤みの火花からやがて大きく大きく燃え広がっていく炎の海に包まれてゆき、やがてとてつもない、それこそこの山全体を燃やし炎に埋め尽くす山火事に至らせるのだった。なんとか数々の棘の崩れて壊れゆく山中の険しい道々を山の鹿の主に先導を仰いで、バンビはその果てしなく燃えゆく山を抜け出して、麓に流れる河湖にたどり着いて、ファリーンや他の動物達と再会を無事に果たした。そして、赤々と、轟々と燃えゆく炎の海にすっかり包囲されて飲み込まれてしまった自分達の住処、深緑の世界をただ静かに眺めて、見つめ続けるのだった。
時間はあっという間に流れ過ぎて、ハルキとルカは、「バンビ」の最後のアニメイション・クライマックスを眺めて見守る。この一時間半程の映画作品のラストシーンを締め括るのは、バンビの子ども達が、彼の恋人であるファリーンの身体の側で目を覚ます感動的な自然の神秘を美しく描き出して際限なく表現された場面であった。ハルキはそしていつも、バンビとファリーンの間に生まれた双子の子鹿が、男の子と女の子である設定に、愛おしさを覚えていた。男の子二人だけでもなく、女の子二人だけでもない子ども達のその存在が、なぜハルキの胸に不思議な感情を抱かせたのかは彼自身にも今ひとつわからなかったが、特に彼自身もそのことについては深く考え込むことはしなかった。それは、どこか野暮なことのようにも思えたからでもあった。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/3/21 15:03
最終編集日時: 2026/3/28 10:28
阿部野ケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)