冬底を歩く

 息を吐くと、白く濁った沈黙が空に浮かび、そのまま消えずに残る、寒い朝だった。  足元の霜を踏みしめる乾いた音は、まだ耳の奥でやけに大きく響いている。あの人が置いていったマグカップの中身は、もうすっかり冷え切って、表面に薄い膜を張っていた。部屋の空気は午後になっても重く沈み、微動だにしなかった。壁掛け時計の針が三時を回ったのを確かめた私は、ようやく重い腰を上げて厚手のコートを羽織った。何か口にするものを買わなければという切迫感よりはむしろ、このまま部屋の静寂に閉じ込められてしまえば、自分自身まで透明になって消えてしまう、そんな気がしていた。  重い鉄のドアを押し開けると、刃物のように凍てつく風が容赦なく頬を打った。見上げた空はどこまでも高く、ひび割れそうなほど澄み切った冬の青色をしていた。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。朝と同じように白い塊がふわりと空中に浮かび、今度は風に攫われてすぐに輪郭を散らしていった。  乾いたアスファルトを踏む自分の足音だけを耳に通し、駅前の小さなスーパーへ向かって歩く。すれ違う人々は皆、マフラーに顔を深く埋め、白い息を吐きながら足早に「帰る場所」へと向かっている。自転車の後ろに乗せられた小さな子どもが、無邪気な声で母親に何かを話しかけていた。温かな笑い声に私の冷えた足では追いつけなかった。  スーパーの自動ドアを抜けると、店内は不自然なほど明るく、そして暖かかった。入り口のヒーターから吹き出す温風が、かじかんだ指先を少しずつ解いていく。無機質なBGMと、レジの「ピッ、ピッ」という単調な電子音が店内に響く中、私はあてもなく通路を歩いた。  ミネラルウォーターをカゴに入れようとして、ふと視線が横の棚で止まった。  あなたがいつも好んで飲んでいた、海外製の少し苦みの強いビール。  「見つけたら買っておいて」と頼まれていたのに、私がいつも買い忘れて文句を言われていたあの緑色のラベル。  無意識のうちに、私の右手はその缶へ伸びていた。指先に触れた冷たい金属の感触が、私の意識を呼び戻した。一人では絶対に飲まないそれから、私の中にぽっかりと空いていたものの輪郭が、冷たい風を吹き込まれたように鋭く、はっきりと浮き彫りになった。 ——ああ、もうこれは、買う必要はないのだ。
かきあげ
かきあげ
バナナです