無表情
叫び。それは、歓喜の雄叫びや苦しみの絶叫であり、威嚇の咆哮である。あるいは何の意味もないかもしれない。今私の耳に届いている叫びの意味は分からないが、とにかく私はその叫びの正体を突き止める必要がある。そして、その叫びを止めねばならない。
その叫びが私の耳を突くようになったのは、ちょうど鮫が消えた頃からだった。三日三晩もがき苦しむような高熱を出し、それが復調すると同時に鮫が目の前に現れた。
どこへ行っても、何をしていてもその鮫は私の視界で泳いでいる。そこが山であろうとオフィスであろうと、人混みの中であろうと鮫は泳いでいた。決して私の視界から離れずに。
鮫は時に暴君と化すことがあった。食べるのだ。それは光を食べ、人を食べる。自室の照明が鮫に食べられたときは、暗がりで過ごすこととなった。鮫が上司を食べたときは心臓が止まる思いだった。しかし、そのどれもが現実のものではなかった。照明を買い直す必要はなく、上司は次の日も出勤していた。
怖くなった私は休職し、何もせずに布団に寝転ぶ。そうするとまた、あの高熱が訪れ私を苦しめた。体中が熱くなり、内側から体を噛まれているような痛みだった。体を捩り、冷やし、水を飲む。そのどれもが根本的な解決にはつながらなかった。
しかし、高熱は鮫から私を解放した。熱が出ているときには鮫が消える。熱が引くと、再び鮫が顔を覗かせる。ただ、それは全身ではなく尾鰭や顔の一部が見え隠れするだけだった。
私は目を瞑り、布団を被り丸まった。少しも家から出ず、上司に連絡もせず、ほとんど食べない生活を続けた。そうして、ようやく鮫が私の視界から消えた。
その日から私は叫びに支配された。その叫びは泣き怯えているようにも、怒っているようにも聞こえた。何よりも恐ろしいのは、叫びは私にしか聞こえないということである。外出中や就寝中に関わらず、突然叫び出す。しかし、これほどの大音量を誰も気にしていない。次第に私は、私に向けた私だけの叫びだと気がついた。
それからの日々、叫びの正体は分からぬまま過ごしている。唐突に嘆く叫びに私は耳を塞ぐが音は消えない。そればかりか胸の内が締め付けられるような痛みがする。私はその痛みに小さく唸り声を上げる。
電話が鳴る。上司からの電話が鳴る。それとほとんど同時に叫びが黙り込んでしまった。わずかな音も立てず、うるさいほどの静寂が私に訪れる。そして静寂と共に、鮫もまたやってきた。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/3/8 6:39
K
色々書いています。