山道

 人生とは山道に似ている。登っても登っても得られるものはなく、山頂に着いたかと思えば下るばかりである。しかし、振り返ってみればあれほど良い思い出はない。  人より狸が多い裏山で少年は藪を踏み分けてゆく。鋭い葉で手先が切れることも厭わず、まるで何かが待っているとでもいうかのように、目を光らせて進んでゆく。  祖父の家を背に、帰路の目印もない道で何かを目指しながら歩いていた。少年の小さな足でその背丈ほどもある段差をよじ登り、湿った落ち葉と露を含んだ陰り木で強調された暗がりを進んだ。  少年はとうとう段差を登り切り、喜びを噛み締めながら藪の壁を打ち砕いた。しかし、そこには新たな山道が続いていた。少年にとっては大きな、山にとっては小さな丘は微かな木漏れ日を感じることができた。  登ることを諦め祖父の元へ帰ろうとしたその時、落ち葉に隠されたぬかるみが少年をあらぬ方向へ突いた。手首と腰の痺れるような痛みで少年は顔を顰めた。痛みを堪え立ち上がったところでより強く顔を顰めた。背丈の倍ほどはある段差へ落とされていた。  それからは少年にとっての地獄であった。風は心身を冷やし、泥が全身を見窄らしくし、泣き叫び喉は掠れていた。段差に手をかけ足をかけ脱出を図るが、それを嘲笑うかのように泥まみれの段差はよく滑る。やがて雨が降り出し、少年の涙までも飲み込んでしまった。  少年は立つことをやめて地面へ座り込んでしまった。泥まみれの手で涙を拭い、頬についた泥を雨が流した。少年は意を決したように段差から距離を取り、そのまま勢いよく助走を始めた。しかし、ぬかるみに足を取られ、段差へ到達することなくそのまま地面へ倒れ込んだ。寒さは極限に達し、震える身体を起こすことができなかった。  そのとき、微かに聞こえる祖父の声に少年の硬直した身体が反応した。掠れた声で助けを求めた。少年の声に呼応するように雨も強まった。雨にかき消されぬように少年はより声を強めた。溢れそうな涙を息と共に飲み込んだ。  ちょうどそのとき段差の上から祖父が顔を覗かせた。少年は雨よりも大粒の涙を流し、祖父は暗がりを照らすほどの笑顔であった。歳を感じさせぬ動きで段差から飛び降り少年を肩に担いだ。ようやく段差から脱した少年は祖父に抱きつき、家へ着くまで袖を離さなかった。  家へ着き、暖かなシャワーで少年は心身が温まるのを感じていた。ゴワゴワとしたタオルで全身の濡れを拭き、祖父にドライヤーをかけてもらっている。泥ひとつない服へ着替え、居間で大福を頬張った。
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色々書いています。