靄で見えない。
靄がかかった朝方の高速道路を香織は進みます。私はその姿を観覧車の天辺からじっと見ているだけなのでした。靄でよく見えないけれど、彼女は泣いているようです。
潮見を過ぎたあたりで彼女は私に気づいたのでしょうか。立ち止まって私に何かを言っています。靄でよく見えないけれど、彼女はまだ泣いているようでした。
今思うと、私と彼女は結構仲が良かった方だと思います。二人でディズニーにも行ったし。その時のことを思い出して私も泣き出しそうになってしまいました。あの日、本当はディズニーに行くつもりなんてなかったのに、香織がどうしてもって言うから行ったんだ。京葉線に乗って。楽しかったのは憶えているけど何が楽しかったのかは憶えていませんでした。そしてその日の帰り道、少しさみしくなったのも憶えていますが、こちらも同様、なぜさみしくなったのかは憶えていませんでした。たくさん時間はあったのに。私はその時知らなかったから、なにも彼女に伝えることはできませんでした。
香織はまた走り出しました。もうこちらを振り返ることはないでしょう。そんなことを考えているうちに、靄が一層濃くなって、彼女ごと見えなくなってしまいました。
私はしばらく観覧車の上で彼女を忘れようと頑張った後、声を忘れることに成功しました。明日には顔も忘れることになりそうです。遠くに見える滑走路から飛行機が離陸しようとしています。海辺のかもめが着水しました。私はその時初めて泣いてしまったのでした。
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カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2023/4/2 10:13
最終編集日時: 2023/4/2 10:16
渡利