銭と絆創膏(2021.09)
目の前の背中になにを思うでもなく、社会の対流に身を任せていたはずだった。
頭が真っ白になる。|茶坂《ちゃさか》は行く手を阻まれ、えっ、と声を漏らした。赤い警告音。人混みから飛び出る舌打ち。手に持った定期券。寝ぼけた意識がすこしずつ戻り、そうだ、更新してなかったんだ、と思い出す。
体を小さく丸めながら、へこへこと改札を抜け出る。まるで不良品にでもなったような気分だった。
窓口から小綺麗なスーツの行列が伸びていて、茶坂もそこに並ぶ。財布の中身を確認すると、欲しい分だけの金額が用意されている。余裕はない。空っぽになることを思うと、やるせない気持ちになる。
仕事にだって、行きたくはないのに。
前の太った男性が横にずれ、前の方どうぞ、と呼ばれる。
「一か月、更新お願いします」
その言葉を口にした瞬間、なにか途方もない覚悟を強いられているような気がした。紙幣を抜く手が止まる。――定期券をお願いします、どうかされましたか、と呼ばれる声が遠い。
「ごめんなさい。やっぱり、だいじょうぶです」
茶坂は列から外れた。電光掲示板を見上げると、路線の名前が点滅している。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2021/11/9 23:25
最終編集日時: 2021/11/9 23:32
飛由ユウヒ
〔ひゆうゆうひ〕小説で誰かの心が救えたらいいな、と願いながら書いてます。名古屋の同人文芸サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて執筆とデザインと広報を兼任。『ブラッケンド・ホワイトフィッシュ』ステキブンゲイ大賞一次選考通過。#100円文庫 を毎月10日更新!
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