彫刻
目を覚ませば、いつもその音があった。ザッ、ザッとヤスリで削り、何かを彫る音がする。アパートの一室には、不釣り合いな木の香りと、とても神聖な雰囲気がある。まだ朝の五時で、窓から少しずつ光が漏れてくるころ。私を起こさないようにと照明をつけず、音を抑えるように彫っている。
ほんの少しの光を手元にあてて、ずっと何かを削る男の背中。それを見るのが好きで、そこだけは、私の侵されない王国。その王はあのひと。国土なんて持っていない、王さま。大好きなあのひと。身動きひとつでもすれば、「……起こしたか」と止めてしまう儀式。動いてはいけない。見つめるだけ。そうすれば、もっと長く、彼がずっと彫る理由を見つけられるはず。
そうして、見つめているうちに時々妙な気持ちになる。私が裸で、彼に彫られている夢だ。大きくゴツゴツした掌の上で、優しく、撫でるように私が削られていく。少しの欲も、悲しみも、全て。喜びだけを残して、美しく彫っていく。
その彫り方が、ふと夜に目が覚めたとき、彼が私を自身の胸の中におさめて、触れていたその仕草に似ていた。その儚い愛おしさで、私は狂ってしまいそうになる。私はきっと、彼に確かめてほしかった。対象があるわけではない。けれど、確かめてほしい焦燥にかられて、どうしようもなくなるときがあるのだ。服を脱げば、私の裸を彼に示せる。けれど、私の心臓は見せられない。心を伝える術は、言葉でも表情でもなんでもある。けれど、近似値であって私の心そのものじゃない。歯痒いのだ。私は歯痒い。
あのひとに何をしたいのか、してほしいのか。
漠然としか分からない。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2024/12/25 4:59
よはなば
少しずつ行進。