水の都

 ディアーノ・ドメニコーニは、今日も水の都で休日を楽しんでいる。珍しく、酒屋ではなく料理店に足を運び、優雅に鱝のコンフィを食べている。そして窓越しに大運河を眺めて頬杖をついていた。上から羽織っているウール製のジャケットは脱がないらしい。追加で珈琲を二つ頼んで株価を見た。近日は戦況も関わって下落気味だったが、回復傾向にある。彼は牙を見せて北叟笑んだ。 「お陰様で利益が出そうだ。立ったままじゃ辛かろう」  振り返らずに言った。その背後には、首にストールを巻きダスターコートを着た猫科が立っている。その猫科は毛を露出しないように帽子を深々と被っており、絹の手袋までつけている。ディアーノは呆れたような顔をして、珈琲を勧めた。 「そいつは良かった」そう言って猫科は隣の席に掛ける。 「君は頭取になったそうだね。軍事企業に投資する気はないのかい。そうしてくれたら有難いな」 「嫌らしい奴! はあーっ、せっかく二頭だけでゆったりしようと思ったのになあ。こんな時にも金、金、金。全く嫌な世の中だぜ」  両鰭を上げミャイミャイと鳴き喚く。猫科はそれを慰めるように背を撫でた。そして外套の内側から包みを出す。何やら白く、長い臓物のようだった。 「冗談だよ。肥った君には鮫の肝の塩漬けをあげよう。鯱の好物だと聞いたのでね」  はい、と渡す。彼は分かりやすく喜んだ。鮮度が失われないうちにと呑み込む。喉越しはさっぱりとしていて爽快だ。 「聞いたって、まさかエヴァンに?」顔を上げて凝視る。猫科は平らな口吻を向けて、髭袋を吊り上げ「さあ?」と笑った。白い髭がぶるぶる震えている。
愛染明王
愛染明王
麒麟曰く「我草花を踏まず。獣虫を殺さず。世が平安なる時、街へ降り人の前に立つ」