玉輪

玉輪
本が読めなくなった。その代わりと言ってはなんだが、月を見上げるようになっていた。 煙草を吹かして煙を空に昇らせれば、死んだ叔父や叔母が俺を認めてくれるだろうという浅はかな思惑は確かにあった。だが、実際にそれ以上の割合を占めていたのは、何物にも染まることのない曇り夜のような空虚の黒色だった。 いつ振り返っても、天邪鬼で生意気な人生を歩んでいると結論付けるだろう。 学生の頃は、学校でアメリカ英語を習いながら、家や図書館ではイギリス英語を好んでいた。その些細な抵抗に意味はないと分かっていた。それでも体は“ヒー・カント”と言っていた。俺は、普通であることを潔しとしなかった。できなかったのだ。 こうして大人になった後も、過去を掘り起こして懺悔することがこの上ない幸福であるかのように人生は続く。この先も、何度だって時間遡行の果てにあるアンニュイを探すのだ。 肌寒い風が止み、むせ返るような香りが垂直に昇っていく。 「この夜空は、君ら人間の悲しみが原因なのかもね。太陽を追い出すくせに、他人行儀みたく落ち込むんだ」 艶の良い耳をぴんと立てながら、“ワイルド”は目を光らせ、審査員のようにこちらを見る。老いぼれたベランダ窓から身を乗り出し、過酷な外界と相対して身をぶるりと震わせる。そんな姿だけが猫に違いなかった。文学みたいな口ぶりが面白くて、アイルランドの詩人である“オスカー・ワイルド”からとって、ワイルドと名付けた。梨のダンボール出身の三歳である。 「飯はもう食ったろ」 「覚えてないね」小さな体に見合わない、大きな欠伸をしている。
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