息移し
なみえ、まだ幼い頃から知る女がいた。
多くを語ることのない、その皺が刻まれた喉元。老婆とも言えぬ歳の女は、従兄弟の宗次郎のいい人であった。宗次郎は、わたしよりも十五離れた男で、仲はよくはなかった。だが、嫁入り道具の一つである、木彫りの化粧鏡をこさえる生業。その、家業柄において、先達として焦がれが、たしかに。はたと思うほど、たしかに。それは、わたしの意地らしい、その腹の底をくすぐっていた。
「お坊、そちらは通ってはいけませんよ」
平成の幾分かした頃、まだ世に蝉がよく聞こえていた名残りがあった。あの墓と、木陰と、蝉の音に、ちいさな朝顔。遠くに見える、淡海がぽつりと。ぽたり、わたしに聴こえてきていた。
「ぁあ、なみえさん」
「いけませんよ、なみえさんなど」
「でも、あなたは歳が上だ」
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カテゴリー: ミステリー
投稿日時: 2024/5/12 12:47
最終編集日時: 2024/5/12 14:10
西崎 静
コツコツ書いていきたいと思っております。よろしくお願いします!成済