息移し

息移し
なみえ、まだ幼い頃から知る女がいた。 多くを語ることのない、その皺が刻まれた喉元。老婆とも言えぬ歳の女は、従兄弟の宗次郎のいい人であった。宗次郎は、わたしよりも十五離れた男で、仲はよくはなかった。だが、嫁入り道具の一つである、木彫りの化粧鏡をこさえる生業。その、家業柄において、先達として焦がれが、たしかに。はたと思うほど、たしかに。それは、わたしの意地らしい、その腹の底をくすぐっていた。 「お坊、そちらは通ってはいけませんよ」 平成の幾分かした頃、まだ世に蝉がよく聞こえていた名残りがあった。あの墓と、木陰と、蝉の音に、ちいさな朝顔。遠くに見える、淡海がぽつりと。ぽたり、わたしに聴こえてきていた。 「ぁあ、なみえさん」 「いけませんよ、なみえさんなど」 「でも、あなたは歳が上だ」
西崎 静
西崎 静
コツコツ書いていきたいと思っております。よろしくお願いします!成済