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部屋の明かりを点け、消灯の暗闇が晴れると、空中の体液の匂いは徐々に少しずつ薄れていくようだった。時計を見やると、時刻は夜の八時を過ぎていた。二人はしばらく素裸でベットに腰掛けたままで、セックスの熱が治まるのを待つようにそれぞれ部屋の一点を眺め、ぼーっとしていた。ミレイの股間は乾きそうになりながらも、まだ彼女の潮や愛液で濡れていた。ユウヤの身体の熱は殆ど治まり、性器は勃立を落ち着かせて、半分ほどに萎えていた。二人の鼓動の波が、ベッドという砂浜の上に慣らされていく。
しばらく時間を経て、二人はレジ袋からそれぞれのコロッケとソーセージの惣菜パンを取り出して、昂奮の反動と喘ぎ疲れによる空腹を満たす。水分代わりのアルコール缶を喉に流しながら、部屋に聞こえ続けるラジオの放送に耳を傾けた。再び音楽のリクエストコーナーがやっていて、岡村靖幸が脳脊髄にべとつくように絡む甘く色っぽい声で彼の楽曲である「イケナイコトカイ」を歌っていた。
食べ終える頃には再びアルコールによる熱が二人の身体に伝わり、それは性的興奮によるものとは大きく違うが、事後である為、さっきの互いの行為の体温とその熱をどこか無意識に重ね合わせ類似して感じていた。ミレイは先に缶中の酒を空けると、チェックパンツのポケットから煙草のケースとライターを取り出して、ゆっくりとした動作で口元に寄せて点火して吸い始めた。物静かな表情で僅かに荒い息を宥めるように煙を吐く。銘柄はマルボロメンソールだった。空き缶を灰皿代わりにして、プルタブ穴に灰を落とす。ユウヤがその様子を、特に何を言うでもなく眺めていると、ミレイが振り向き、吸ってみる?と一本差し出した。うん、とユウヤは恐る恐るそれを手にし、ミレイに火をつけてもらい、人生初の煙草を吸った。すると主流煙が口内に広がり喉や鼻腔に一気に流れ込んで、ユウヤは思い切りにむせ返った。一気に吸い過ぎよ、とミレイが笑う。こうやって吸うのよ、とミレイが味わうペースを咳き込みながら見やり、ユウヤはそれを真似してもう一度口に含み、吸い続けた。
二人はそして夕方に観た映画について話し合った。互いの印象に残った、好きなシーンや気に入った台詞を打ち明け合う。しばらくそんな会話を続けて、ミレイが、あの映画の二人って、今の私たちに似てると思わない?と煙草を一服しユウヤに聞く。え、そうかな、とユウヤはまた少しむせながら咳混じりに返す。ユウヤはそう思わないの?とミレイが言い、ユウヤはなんとも返すことができずに、うーん、と少しの間悩んで、ごめん、ちょっとわからないかも、と素直に答えた。そっか、とミレイもそれ以上追問することなく、煙草の息を吐いた。だけど、とユウヤは初めて咳き込みなく煙を吐いて言った。だけど、昔似たような映画を見た事ならあるよ、と加えると、何の映画?とミレイが尋ねる。ユウヤは一九六七年に制作されたアメリカのクライム映画「俺たちに明日はない」を挙げた。私、知らないなあ、とミレイは煙草を吸い、それに出てくるボニーとクライドっていう強盗殺人の男女が、さっきの映画の黒介と雪に似てると思ったんだ、とユウヤが吸い殻を缶に押し付けて話す。そうなんだ、とミレイが少しだけ興味ありげに答える。
二人が煙草を吸い終えて、消えかけの体液と煙草の残り香が混じり合って空気に化す時、ユウヤ私さ、とミレイが最後の煙を吐き出しながら言った。こうやってセックスを終わらせる度に思うことがあるんだよね、と空き缶に吸殻を落とす。何?とユウヤが聞くと、女ってさ、なんで子どもを産むんだと思う?とユウヤの目を見て尋ねる。なんで子どもを産むかって?ユウヤが質問の意表をつかれた顔をすると、うん、そうとミレイが妙に真面目な顔つきで頷く。
「えー、なんでってそれは…」
なんでかなあ、とユウヤは頭を悩ませ、うーんと腕を組んで酔いが回り、朦朧としかける意識の中で、思考を巡らせた。ユウヤの答え聞かせてよ、私知りたいんだ、ユウヤの考え、とミレイが乗り気分で言うと、更にユウヤの思考は混乱し圧迫した。そんなこと言われてもなあ、と思わず床と天井を交互に眺める。ふと見たミレイの無邪気な顔が、質問の純粋さを物語っており、ユウヤはなんとか答えたいと思った。そして思いついたのが、世間体なんじゃないのかな?と言う答えだった。え、とミレイが呟く。
「そう、世間体。例えばお金を持っていればいるだけ、友達が多ければ多いだけその分周りからは幸せに見られたりするでしょ?それと同じ、いや似たようなものなんじゃないのかな。誰かと結婚して、子どもを産んで、周囲からの祝儀や賞賛の声を浴びたり貰ったりして、その中に幸せっていうのを見出す。そうすれば、子どもを産んだ当人達も社会に対して肩身狭く控えめな低姿勢を成さずに、堂々と生活し暮らしていける。社会に幸せな家族っていう定義として認められて、世間的地位を確立させてさ。どう、違うかな?」
ユウヤがそう言い終えると、ミレイはえー、とつまらなそうな声を出して、唇を尖らせた。
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カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2025/9/24 13:56
最終編集日時: 2025/9/26 9:03
アベノケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)