第9回N1決勝 『濁音』

 泳ぐことはできないが、入ってみようとも思えないほどの大きさの川の河川敷を見た。河川敷には背丈ほどの雑草が繁茂しており、人の姿は見当たらない。風に撫でられる芒はお淑やかに揺れ、私を誘うことも突き放すこともなかった。  芒群に小さな隙間があることに気がつき、私はそこへ吸い込まれるように向かった。芒が踏み潰される形で道となっており、直線でない道のりは行く末を隠し、私をさらに奥へと進ませた。  直角に曲がった先へ進むと先細っており、蛇の道かもしれないと考えた。川沿いには大きな青大将が住むと聞いたこともある。足取りは重くなり、歩幅は小さくなった。風に揺れた芒の穂先が擦れて籠った音を立てる。私は足を止め、身を返した。  しかし、再び直角に曲がり、入って来た所が見えたとき、やや登りの道に苦戦した。潰された芒は水分を含み、河川敷の勾配と併せて難所と化していた。足を取られながらも、私は何度も振り返った。進むどころか後退しているように思えた。芒に囲まれ湿気の強い空間では、外の気温を介して蒸されている感覚になった。息は重くなり、足から滑り落ちる。  芒に揉まれ、川まで転がった。鈍い音を鳴らして不恰好に着地した。川の縁は大小の石があり、雑草もここまでは届かなかった。私は衣服についた枯草木を払い、川で手を洗う。川の水が透き通っているのを見て私は一口手で掬った。喉が渇いていたことにそこで気がつき、私はもう一口飲んだ。  川縁からは元いた歩道は見えない。もう一度芒に突っ込む気はなく、川沿いを進み橋か堤防を目指し、家に近い川上へ向かった。姿は見えないが、小鳥のさえずりが四方から聞こえ、雲の流れもよい。  軽やかだった足取りを止めたのは、歩き出してから数分経ってのことだった。まだ堤防は見えず、歩道への足がかりもない段階。蛇。大きな蛇が芒群の隙間から現れる。  蛇は私の方向へ体を動かす。その巨体をうねるように動かし、力強く進む。私がいないかのように振る舞う蛇を見て、私の足は震え、息を呑む。  大小の石と砂利からなる川縁の道は不安定で、私の震えた足ではしっかりと立つことも難しかった。蛇はその間にも寄ってくる。石に足を取られ、私は腰から着地する。  視線が下がり、蛇と目が合う。蛇の目は黒く、目尻から尾を引いたような線があった。肌の模様が揺れていた。裂けた舌先を動かす音はしなかったが、私には鮮明に聞こえた。それと同時に痺れるような痛みもあった。
K
色々書いています。