アブサンの夜

アブサンの夜
 病院の受付でサーフィーは兄の居場所を訊いた。受付はお偉いさんに話し掛けられて、医師の居場所を問われた事に当惑しているらしかった。そして冷や汗を流して言葉を濁し、只管周囲を見ている。軈て、手の空いていた看護師を捕まえて案内してくれないかと頼み込んだ。看護師は厭そうな顔をしていたが案内して、薄暗い白い廊下を通って静寂の手術室前まで連れて来てくれた。手術室からは蝿の翅音のようなブゥゥゥゥンという音が鳴っている。金属っぽい手術室の重々しい扉は固く閉ざされ、電灯は赤く光っている。 「兄はまた手術を?」彼は唖然とした。看護師は気の毒そうな顔をして手術室の方を向くと「いえ、手術指導だけです」と答える。サーフィーは顎に手を添えて思い馳せた。昔、少年の頃に帰還して家に帰って来た時も居なくて、探したら手術室に篭っていた。何時間も待って、それでも出て来なくて寝転がって寝ていたらいつの間にか手術を終えた兄に部屋まで運ばれていた。 「ふーん、偉くなったもんだね。指導だなんて!」  皮肉っぽく言う。彼は眠らずに待とうと胸を張ってじいっと電灯を見た。時計の針が刻々と時を指し、宵の空になる時、チカチカと赤い灯が揺れてサアと暗くなった。暫くするとエヴァンが颯爽と飛び出して来て眼が合った。 「終わったか。勝手に待ったのが悪いけれど、待ち草臥れたよ」  思わず立ち上がって両肩を持つ。エヴァンは少し片眉を上げて彼の眸を覗く。疑惑の眼差しに、普段の姿からは想像もつかない穏やかな色が溶けている。爬虫の鱗に畝る毒々しい金属艶も、此の時だけは淡かった。 「君から顔を合わせに来るなんて珍しいな」熱っぽい頬を逸らした。サーフィーは声が裏返って、照れ隠しにへへと笑う。 「そうだよね。時間が空いたから少し話したいなって思ったんだけど、どう? 兄ちゃんが好きな緑の妖精あるからさ」 「じゃあ、行こう。先ずはアブサンで喉を潤したい」  エヴァンは気まぐれっぽく背伸びすると、靴を鳴らして廊下を歩く。消毒液独特の匂いは高い天井までしっかりと張り付いていた。鼻を押さえて突き当たりの角を曲がると窓硝子越しに裏口から動物達が帰ってゆくのが見える。その中にはオーランも居た。
愛染明王
愛染明王
身の廻りに住んでいる動物達の一日を書き留めている。好きなものは菌類を含めた生物全般、そして女性。作品を此処に書き留めては読み返し、日々修正を重ねている。