黒蜥蜴考

表題の「黒蜥蜴」は作家江戸川乱歩が戦前に発表した長編小説で、その後三島由紀夫が劇化して大ヒットした作品で有る。乱歩の小説の一般的な評価としては初期の短編に優れた物が多いと言われている。傾向として異常な心理、嗜好の果ての異常な行動を描いている物が多い。「屋根裏の散歩者」「人間椅子」と並べて見ると一目瞭然である。今だに結構な数の派生作品が作られている筈で「気持ち悪い」と揶揄されながらも多くの人に認知されていると言えよう。勿論「エロ」が含まれているせいもあろう。推理作家よりも変態作家と呼びたい程である。 実は乱歩作品で推理、謎解き要素は意外なほど希薄で、「草分けとして」とか「日本版エドガー・アラン・ポー」らしく海外の推理小説とかトリックの紹介はしても「この謎を解いてみたまえ」風の構えは意外なほど少ない。小説「黒蜥蜴」は長編犯罪小説と呼んだ方がお似合いで女性の犯罪者が主役を務める。他の乱歩作品と同様トリック、犯行に無理筋な物が多く(まぁそれが無邪気というか独特の味わいとも言えるのだが)大仰な言い回しが独特の雰囲気を醸し出している。 もう一つの「黒蜥蜴」・三島由紀夫版は、最早、こちらの方が本家というか有名なのかも知れない。昭和の演劇プロデューサー吉田史子氏が仕掛け人だったらしいのだが、60年代、当時の大人気作家三島由紀夫が戯曲として雑誌連載の末、発表した大衆的な犯罪小説の劇化は反響と期待も大きかったようだ。60年代は「黒蜥蜴」の時代で三島版の初演と再演、映画も京マチ子版と丸山明宏版が作られている。 普通、小説の脚本化は小説家にとって不満足な結果になることが多いものだが(池波正太郎・仕掛け人、が好例)この場合は作者である乱歩は大喜びだったらしい。 松竹による三島版初演は水谷八重子と芥川比呂志で演出が松浦竹夫。水谷以外は文学座繋がりで、当時の女座頭とも言える八重子を起用した所に三島由紀夫の人気が窺える。 初演から数年後、渋谷・東横劇場で再演。黒蜥蜴を丸山明宏が務める。今となっては遠い過去で、色々な証言も残っていると思うが、「丸山明宏に惚れ込んだ三島由紀夫が黒蜥蜴を創り上げた」と理解して良いと思う。程なく丸山の映画版も作られ、数十年続く美輪明宏・黒蜥蜴のイメージが完成する。美輪明宏はその後主演の他に演出も務めるようになり、再演を重ね、世紀が改まっても上演回数を重ねることになる。 舞台版は他に坂東玉三郎と小川真由美が演じている。映像はテレビ朝日で小川真由美のを確認している。
ヨーイチ