ピアノを聴く男

ピアノを聴く男
 ピアノ演奏会の会場は三階までのエスカレーターが舞台から向かって右側にあり、それの反対側は階段になっていて、舞台の背面に屋上までのエレベーター二機に囲まれた待合わせ広場は、まだ誰も居なかった。一〇脚横並びになった大して座り心地が良さそうもない、ステンレス製の折り畳み椅子が四列あった。  影親《かげちか》は、四列目の右端から四番目の椅子に座り、演奏会まで後、二時間は待つ事を腕時計を見て確認すると、スマホを手に取り、Kindle を立ち上げた。日曜日に読み終えず寝落ちした重力に関する新書を読み始めた。  行動を伴う趣味は好まないものの、工業大学出であるのも相まって物理好きであった。長い空き時間が出来ると、こうやって物理学に関する読み物を読み耽るのであった。  そうしてると、開演三〇分前になっていた。 「もし、宜しければ前の席にお詰め頂けますか?」  係員が申し訳なさそうに声をかけて来た。腕時計を見て、周りを見渡し、三〇分前に気がつき、でも、このパイプ椅子には、影親を合わせて四人しかいなかった。係員の顔を覗き込むと、下手な作り笑いで、右手を舞台側に向けていた。  それを見て、これから演奏するピアニストは対して有名な人ではないのかと思い、だか、客が少人数だから、近くで聞いてあげた方がモチベーションも上がるかも知れないと考えながら立ち上がった。 「私、ピアノの演奏を生で見るなんて、高校の頃の音楽の授業以来なんですよ、どこから見たほうが楽しめる、というか、うん、楽しめますかね。」  その係員に居酒屋やレストランでおすすめメニューを聞くような感覚で尋ねた。 「あっ、そうですね。私も実はピアノは、いや、音楽は専門外で、普段はヒーローショーなんで、あっ、鍵盤を叩く指が見やすいところが良いじゃないでしょうか、ピアノが上手い人は指捌きが凄いと思いますよ」
H.K
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