ネバーランド
彼女が自殺した。
この場合、『彼女』とはただ三人称を指すのではなく、恋仲であり、二つとない存在であり、今後をずっと共にする人−−少なくとも僕はそう思っていた−−である。
高校三年生の誕生日の前日、彼女は庭の納屋で首を吊った。翌朝、母親によって発見されたのだが、娘の首吊り死体の惨状を目前にした母親の心情を思うと胸が痛む。
彼女が自分を殺してしまう理由を、僕は思いつかなかった。僕と一緒にいる彼女は、いつも笑っていた。右側にしかえくぼがない、その向日葵のような笑顔は、今でもありありと思い出される。その度に、悲しみと、そしてその疑問が浮かび上がってくる。
彼女のクラスメイトに、彼女の普段を尋ねた。彼女は誰とでもよく話し、明るく、それも自然に振舞っていた。彼女は部活で上手くいっていなかったという噂を聞いたものだから、今度はブラスバンド部を訪ねた。彼女は特段音楽に優れていたわけではなかったが、部活動という側面からしたとき、よくやっていた。部長として懸命に部を導いた彼女を、部員たちは皆慕っていた。
彼女は生徒会で大きな企画を失敗させていた。彼女は文化祭の実行委員で運営形態に意見し委員長と対立していた。彼女は進路について父親とぎくしゃくしていた。彼女は親友と勘違いから仲違いを起こしていた。
僕はそれら彼女の表層上の問題について、一つ一つ究明を試みて、全てはほんの些末なことに過ぎなかったということを知った。彼女は期待を裏切らなかった。そこに、僕の知らない彼女はいなかった。
そうして僕は、放課後によく彼女と歩いた緑道を一人で歩いて、一人で考えるしかすることがなくなった。今は秋で、紅葉が傍らの小川に浮いている。春には桜が咲いて、彼女の持ってきた握り飯を食べながら花見をしたものだった。夏には水遊びをした。でもそういう、完璧で鮮烈な出来事よりも、数日前に観た映画の感想を言い合った五月某日のような、何の変哲もない日常の方が、ひどく脳裏に焼き付いていた。
「うん、面白かったよ。主演の二人が、まるで本物の高校生に見えた」僕は彼女を伴い歩きながら、そう答えた。
「良かった、君、割と文学少年だから、ああいう青春群像劇みたいなものに口煩いと思って、少し身構えてたんだ。そう、あの二人、ビジュアルも良いけど、なんと言っても演技力が凄いよね」
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カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2022/9/10 10:21
最終編集日時: 2023/3/31 17:01
あいう
駄文しか書きません。