無口な彼女

無口な彼女
 仕事を終え、ワンルームの家に帰りドアを開けると、モワッとした匂いが鼻を突いた。ただでさえ夏本番、自分の体も汗臭いのに、追い打ちをかけられて堪える。 「早くゴミを捨てなくては」  そう言うと私は明かりをつけ、急いで窓を開け換気をする。  彼女はベッドに横になっていた。余程疲れていたのか、朝からずっとこの調子である。寝返りを打った形跡もない。人形のような白い肌が美しく、体は陶器のように冷えていた。私はブランケットをかけてあげる。改めて彼女を見ると、ふと彼女は絵なのではないかと錯覚した。このまま額縁にしまえそうとすら思えてくる。私も疲れているのだろうか。  無口な彼女は、滅多に口をきかない。昨晩も、車内にいるときも私の部屋に入ってからも何も話さなかった。だから私は実をいうと、彼女のことをまだよく知らないのである。そんな女といて何が楽しいのかなんて思われるかもしれないが、何も話さないからこそ、その人の魅力は永遠に続くのである。想像する自由を彼女は与えてくれる。  一向に起きる気配がないので、仕方なく私は一人で片づけを始める。匂いのもととなるゴミを、一刻も早く捨ててしまいたい。作業をはかどらせるために、ラジオをつける。夜のニュースが流れている。
たけじゅん