くらのなか

くらのなか
 藤崎勇一は万年筆を文机に置き、凝り固まった右肩を回してほぐした。ついでに首も回せばパキッと嫌な音がする。  休憩でもするかと窓の外に目をやれば、夏の日差しに照らされた緑の葉が、庭に濃い陰影を落としている。  忘れていたようにアブラゼミが鳴き始めた。 「一気に暑くなったなぁ」  先週まで雨が続いていたのが嘘のように連日好天気が続いている。青空に浮かぶ白い綿飴のような雲を見て、夏なのだと実感する。  軒下に吊るした金魚の風鈴がチリリンと涼やかな音を立てた。 「休憩ですか?」  可愛らしい声に振り向けば、二十歳になったばかりの水谷尚子がお茶とお菓子を載せた盆を持って微笑んでいた。 「来てたんですね」 「集中してらしたので、お声がけはしませんでしたの」
腹黒兎
腹黒兎
小説家になろう でも執筆中。 のんびりマイペースでやらせてもらいます。