夏、夜、散歩

夏、夜、散歩
  「カブトムシだー」  少年の歓喜と興奮に満ちた声が響く。懐中電灯に照らされた木の幹に、不自然に並べたられた雄雌2匹の昆虫が浮かび上がる。  こんな所にカブトムシなんかいないだろ。  そう思わずにいられないのは、22年間使い古した、通い慣れた道での出来事だったからであろう。  「良かったなー!」「捕まえてみろよ!」  父親の声もどこかはしゃいでいる。そんな微笑ましいセリフを、どこか芝居じみていると感じてしまうのは、僕も秘密を守る側に回ってしまったからだろうか。  ランドセルを背負ってこの道を通っていた頃、僕の世界は360度に広がっていた。いつからだろう、草むらに入らなくなったのは。いつからだろう、蝉を煩わしく感じるようになったのは。今はただ、街灯が照らしている数秒先の未来に向かって歩いているだけだ。等間隔の明かりに沿って、舗装された道の上を。  僕はたまらなくなって空を見上げた。星空を綺麗だと思いたくて。星を綺麗だと思える自分を確認したくて。
御座なりの優しさ
御座なりの優しさ
一般人。