滝壺

 緑が生い茂り、深緑の苔や日も通さぬ森林で、不快極まる湿気の中。道といえる道はなく、藪が支配し、段差ばかりの大地であった。  風は吹き、草木は揺れ、未開の地特有の謎は高揚感を煽る。獣道すらないこの土地に何が潜んでいるのかを想像する、その知的好奇心だけが女博士の行動を支えていた。  ただ好奇心に頼ってきた女博士は、次第に呼吸が荒くなる。藪や不規則な地面はいつまでも続き、辺りは一層暗くなる。  先に気を病むことになったのは付き添いの研究員達である。現地のガイドは笑みを見せるだけで役に立たず、通訳から発せられる言葉の不自由さは研究員達を苛立たせた。女博士が消えたということに研究員達は、意味もなく動き回り、仲間内での口論にさえ発展した。  特別印象的だったのは女博士を探すべく、森へ向かおうとする者がただの一人もいなかったことである。 「だから言ったんだ。あのお嬢様を連れてくるべきじゃないって」  研究員の一人が叫ぶが、その心配はもはや必要なかった。女博士はまだ寝床から出るには早すぎる時間帯に、見た目と頑丈さを備えた日本車と共に姿を消した。問題なのは女博士には車の免許がないということ。そして、それを咎める司法機関もこの場所にはないということ。 「もういい。置いて帰国はできない。分かってるだろ」  一人の研究員がそう呟くと、皆重い雰囲気に潰されて黙り込んでしまった。使える車両は二台あり、そのうちの良い方を持ち出した女博士の車を見る目は確かだろう。研究員はそれらしく着ていた白衣を着替え、厚手のベストを羽織る覚悟を決めねばならなかった。  一方の女博士は、もはや引き返すことも困難になっていた。車を置き、さらに藪へ踏み込んだはいいが、車の場所すら分からなくなっていた。
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色々書いています。