耳と損

耳と損
「安心を愉快と捉えるのは、私くらいなものだろうね」  いいえ、王さま、あなたの耳がロバの耳であっても、ぼくは構いませんよ。そう灰色の目で見つめる床屋の指先は、ひんやりとし、鋏がちょき、ちょき。 「こんなもの、恥でしかないんだ。帽子を被ることが無作法というなら、あの禿げ散らかした大臣の脳天をそうやってやりたい」  いいえ、王さま、あなたの耳が恥ではありませんよ、きっと大臣のお頭の方が潤っておられる懐の代償なのでしょう。そうやった灰色の目の奥に、ちらちら見え隠れする、暖炉の燃えたぎった紙の色。ひとり、またひとりと消えていった床屋たちの名簿の羅列。ああイニシャルが、最後の床屋の不運さ、不遇さ。みんながこそこそパン屋の裏で噂して。葡萄酒の色合いは、滴る。パン屋の香ばしい匂いに負けず劣らずの、葡萄酒のしたり顔の卑しさを曝け出している。 「なぁ、床屋よ」  はい、なんでしょう、王さま。ロバの耳を垂れさせながら、床屋の爪先が柔い手入れされた埃も、垢もない、その髪。それ以外は、ロバの少し尖った毛の束が。あぁ、とため息を吐きかける床屋の胃の具合が、ぎゅるりと。 「誰にも、話してはいけないとわかっているだろうね」 いいえ、王さま、それはできない約束かもしれません、と呟きかけて、はい、わかっておりますと損が出た。穴なったら、入りたい。尻隠さずとも、その尻を鞭打ちでもして、赤く腫れぼった尻を晒すほうが。跪き、落としかけた鋏の代わりに、王さまの柔い切り落とされた髪の束。そいつを、ひとつかみ。 「献身もそこまでいくと、確かな毒になるな」
西崎 静
西崎 静
コツコツ書いていきたいと思っております。よろしくお願いします!成済