第一章
ハルキは今日も、一匹の鹿を撃ち殺した。その鹿は、全長が三メートルも越える程の巨きな鹿だった。ハルキは火薬弾の硝煙を吐くライフルを片手に、倒れたその巨体の身体に近寄っていく。そして、その鹿がすっかり仕留められていて、もう息もしていないのを確認し終えると、よし、と頷いて、ライフルを背中に背負った。火薬弾は間違いなく鹿の胸の辺りに命中していて、鹿の心臓部を貫通させて、その部分の毛が黒く焦げついていた。
「これで今月も、しばらくは食べる分に困らなそうでよかったぜ」
ハルキはそう呟いて、にかっと唇を微笑ませると、鹿の後ろ足を両手に掴んで、身体をずるずると引きずりながら、白く塗れた草木の生い茂る山道を降りていった。山にはすっかり雪が降り積もっていて、視界に見える一帯が、隈なく雪化粧を施していた。季節は今年も早いもので、とうに冬の真っ只中を迎えていた。
ハルキは白く冷たい息をはあはあと荒く吐き出しながら、黒い外履きのブーツを雪に埋もれさせながら、両手に掴む毛の群がった肉塊をやたらと重そうに、しかしそれ故に必死に引きずり続ける。今の時間こそ雪は吹雪いてはいないのものの、あと数時間には天気は急変して、今日いちばんの激しい吹雪になるだろうという気候報道を、朝のニュースは語っていた。ハルキは厚手の手づくりの猪革のコートを羽織りながらも、流石に外の凍て付くような冷え冷えとした空気には幾分か堪える様子だった。首筋は溶けた氷粒に濡れ、手袋をした手は悴(かじか)むように微震していた。だけれどそれでも、鹿を撃つ時にその震えをものともせずに確実に仕留め遂げたのは、彼の長きに渡る猟師の狩り業としての腕が今や紛れもない確かなものであるからこそだろうと言えた。
「それにしても、まだ冬眠にも入らないで、こんな風に呑気に歩きまわってる奴がいるとはな。まったく、野生の危機感知能力が聞いて呆れるよ。まあ、だけどそのおかげで、俺は暮らしに難せず助かってるってわけなんだけどな」
ハルキはそう言って、引きずっている鹿の虚ろな黒い無機質と化した両眼の不気味さと光沢を交えた風貌を眺めながら、雪化粧の森林を抜けた山道の丘下にある、自分の家が見えてくるところまで歩き進めると、幾らか足を早めて屋根一面に白い絵の具を固めたような白樺造りのその家を目指した。
ハルキの家は、一階建ての、白樺造りの木造建築の家だった。リビングを中心として、キッチンやバスルームやウォータークローゼットや寝室その他物置部屋が各々揃っており、それぞれが申し分ない広さの畳幅を有していた。というのも、ハルキは今現在までずっと一人暮らしの身であり、彼一人が日々暮らし営みを行う上では、十分過ぎるほどの間取りであるのだった。ハルキはこの家を、今は亡き父親から五年前に譲り受けて、それ以来家主として暮らし続けているのだった。
そんな自宅のある、森林のだいぶ広範囲に拓けた山地に辿り着くと、ハルキは一度引きずり続けた鹿の巨体を徐に地面へと下ろした。ライフルを背負っている分もあって、彼は幾らか肩の凝りを覚えた。何しろ、自分の身長の二倍近くは恐らくはあるだろうその鹿の身体は、流石に彼の男力でも一人で運ぶには負担が大きくなりざるを得なかった。
「さてと、こいつは一体どうしてやろうかな、っと……」
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/4/2 5:12
最終編集日時: 2026/4/2 13:37
注意: この小説には性的または暴力的な表現が含まれています
阿部野ケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)