第6回N1 「熱射」 【壁】
曽祖母の家である和洋館を訪れるのは、子供時分以来だった。表に聳える洋館の白く尖った屋根、淡いクリーム色の壁は当時のままに感じられ、奥に伸びる、屋根に和瓦が敷き詰められた和館も懐かしさを誘った。曽祖母の葬式には仕事の予定があり行けず、直接に顔は拝めないだろうと考えていたのが、焼却場の混雑が理由で、未だ焼かれていないらしい。自分は手で庇を作って空を見上げた。宇宙の黒が滲むほどに快晴で、雲ひとつ無い。夏用の喪服でも、シャツが汗で濡れて肌に張り付くほど暑かった。自分は暑さから逃げるようにして和洋館の玄関に入った。
玄関は薄暗く、途端に温度がひとつもふたつも下がった気がした。自分の気配を感じ取った従姉妹のミッちゃんが玄関正面の食堂の扉から出てきた。
「タツくん来たんね」
「久しぶりミッちゃん」
ミッちゃんは薄手の真っ黒な着物に身を包み、漆黒の長髪を真っ直ぐに垂らしていた。玄関の薄暗さの中にあると、ミッちゃんの白い顔だけが宙に浮かんでいるようだ。ミッちゃんと会うのは高校三年生の正月以来だった。
いきなり、右手にある客間から女性の鋭く大きな声が聞こえてきた。
「姉さんはいっつもそうやって私にばっかり面倒を押し付けて、何様のつもりなん」
「あんたこそ何なん。おばあちゃん家に残ったのはあんたの勝手やんか。変な因縁つけんといてや」
「私の勝手ってっ。誰もおばあちゃん世話する人がおらんかったんやんか」
ミッちゃんが私の耳に囁いた。
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カテゴリー: ホラー
投稿日時: 2025/4/11 10:42
最終編集日時: 2025/4/11 11:10
山口夏人(やまぐちなつひと)
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