十九、撮る事 そして猫を追いかけて

十九、撮る事 そして猫を追いかけて
 梅雨の中休みという土曜日の朝に、昨日までのベタつく湿度が嘘の様なサラリと爽やかで心地の良い冷たい風が優しく吹いている。早くに家を出、彼の店の開店準備だけを手伝い、私は蓮君との約束の公園に向かって歩いていた。 「カメラの勉強になるよ。楽しんでおいで。」 と言う彼の胸中は、全く分からなかった。悶々としながらも公園に着くと、駅周辺の喧騒とは掛け離れた静けさと、澄んだ空気と青々とした瑞々しい新緑に心が踊った。私は約束よりもかなり早い時間に公園に来ていた。ゆっくり歩きながら公園を一望してみると、誰もいない。  私は肩から下ろしたバッグをゆっくりベンチの上に置き、慎重にカメラを取り出した。黒く艶めくずっしりとした重みを両掌に感じると、ワクワクとした期待感が込み上げてくる。  私は辺りを見渡した。ふとベンチ後方の楠の黒い幹を見てみると、面白い形をしている。私はカメラのレンズカバーを外し、それをポケットに仕舞い、楠の幹を前にカメラを構えた。レンズを覗くと真っ白で何も見えない。私はレンズのダイヤルを慎重に、ゆっくりと回してみた。真っ白な世界は徐々に黒く色付き、かなりボヤけてはいるがそれが木の幹であると何となく分かる様になってきた。ある程度ダイヤルを回すと、今度はまた逆にボヤけていくという所を確認し、一先ず息を吐いた。まるで溜まっていた緊張の塊の様な大きな息が出る。呼吸をしていなかった様な苦しさから一旦身体を解放し、私は息を大きく吸い込み再びレンズを覗き、今後はまた別の、もう一つのダイヤルを更に回した。と直ぐにクリアに物凄くくっきりと楠の幹が見えた! ピントがぴったり合ったのだ! 途端、ガクッと私は両手にカメラを持ったまま、力尽きてしまった。両足をくの字に曲げ屈み込み、膝の上にカメラを乗せ、私は唸った。う…。重いカメラに両腕が怠く痛い…。折角ピントが合ったというのに…。暫く腕を休めた後、私は再び立ち上がった。さっきピントが合ったので、今度は逆にピントの合う場所に身体を動かした。すると直ぐに再びくっきりと幹が現れた! 目で見るよりもずっと拡大され、その黒く粗い表皮に乾いた亀裂が何本も見て取れる。 今だ! シャッターチャンスだ! 私はシャッターを押した。が、カメラは大きく下に揺れ動いてしまった…。はぁ…。私は肩を落とした。 もう一度やってみたが同じだった。私は航平さんの言葉を思い出した。そうだ。脇を締めて身体を安定させるのだった。だが、そうするとまたピントがズレてしまう。ただシャッターを下ろすだけなのに、たった…たったそれだけの事が出来ないなんて…。私はカメラを胸に抱き、項垂れた。 「何だ。もう辞めちゃうの?」  私はびっくりして声のした後ろへ振り返った。蓮君だった。 「蓮君? 何で? 早くない?」 私はうっすらと記憶に残る公園の柱時計を宙に探しながら言った。柱時計は公園の中央にあり、九時半を指している。
アナ.
アナ.
伝えたい思いがあります。 沢山の方々に届きますように。