松田と電車
喫茶店を後にし、松田は帰路についた。御茶ノ水から秋葉原まで、中央線や総武線の電車を横目に歩く。電車は轟々と音を立て、松田の耳を刺激する。自分の乗らない電車ほどうるさい音はない。嫌いな騒音はたくさんあるが、その中でも電車の走行音ほど耳をつんざくものはない。電車が通る高架下などは耳を切り落としたくなるほど不快だ。しかし松田はゴッホでも暴力団員でもないので、備わった身体を自ら手放すようなことはしない(できない)。
見慣れた街並みを進み、外国人で溢れる秋葉原に着いた。彼らはしばしばクレープを食べていたり、ヨドバシカメラで質の良い電化製品を物色している。様々な外国人をひとまとめに「彼ら」とするのはいささか主語が大きくて不安であり不適切かもしれないが、おおむねの印象として彼らはクレープを食べている。たしかにクレープは美味しい。グローバリズムに煽られた人種入り混じる現代日本のように、多種多様な味がある。
松田はクレープを食べずに山手線の電車に乗った。
松田が乗るのは山手線の秋葉原駅から内回り。下車するのは駒込で、途中に七駅ある。数ページは読めると思い松田は読みかけの本を開いた。
午前十二時より少し前の時間帯だったから、乗客数は健全な人数だった。田舎育ちの松田としては幸運だ。
しばらく本を眺めたが、なんとなく集中できなかったので車内を見渡すと、サラリーマンや何の仕事をしているかわからない人々がみなそれぞれのスマホを見ていた。彼らのスマホではアルゴリズムによってつくられた別々の世界が広がっていて、電車という乗り物が彼らの目的地に連れて行ってくれるという現実はどうでもよさそうだった。彼らはどこに行きたいのだろう。
日暮里に停まるとたくさんの人が降りた。自分が一度降りて降車する人々が出やすいようにしたかったのだが、自分の背中側からもその反対からも降車客が通り抜けようとしたので身動きがとれず、本を持ったまま両手を上げるしかなかった。松田はブックカバーをしない主義なので、「私はこの本を読んでいます!」と大っぴらに本のタイトルと「私は読書家である」というような主張をしているみたいになってしまった。しかし誰も松田のことは見ていなかった。
0
閲覧数: 11
文字数: 1520
カテゴリー: その他
投稿日時: 2025/12/11 10:11
最終編集日時: 2025/12/11 10:24
洞田浮遊(うろたうゆ)
小説家になりたいです。