赤い繭

 真四角の小さなクリーム色のテーブルに、三センチほどの真赤な卵形の物体が置かれている。左右を見渡すが、部屋の中は魚眼レンズを通して眺めた風景のように変形し歪んでいる。視線を遠くに向けるにしたがって煙が渦巻くように曖昧になっていき、壁に掛けられたカレンダーの文字が宙を舞い、アナログの置き時計が溶けていく。断崖から落下していく景色のごとく色彩を急速に失っていく白と黒だけの世界に、たったひとつの真赤な物体は鮮烈な存在感を放っていた。  自分のアパートにいることは間違いない。クリーム色のテーブルでわかる。スチールで出来たテーブルの脚はかすかに浮いているように見えた。このような夢は、幼い頃から何度も見ている。またか、と思った。  テーブルに置かれた物体は、繭である。『オカイコサン』が怒ると、赤い繭を作るという。中では『オカイコサン』の神と、人間の姿をした神が交合い、昂ることでイザコザを忘れようとしている。触れてはいけない。取り返しがつかなくなってしまう。  この『オトギバナシ』を、だれから聞いたか思い出せない。ただわかっていることは、『アカイマユ』が私の先祖を没落させたということだ。祖父母は『狂人』というレッテルを貼られ、故郷を追われるようにして東京へ逃げてきた。母親は、未婚の母として私を産むとすぐ、自殺した。先祖のだれかが赤い繭に触ったとか……。  いきなり携帯のベルが静寂を切り裂くかのようにけたたましく鳴る。突然のことで肩が脈打つようにビクッと動いた。携帯の画面を見たが、名前の表示ではなく数字が並んでいる。誰だろう。電話に出ると途端に男と女の喘ぎ声が漏れてきた。すぐに喘ぎ声はやみ、女の声が聞こえてきた。 「どう、驚いた? アタシよ。アンタなんかと別れたって、不自由してないんだからね」  息を切らしながら言う。聞きおぼえのない声だ。 「もしもし、どなたでしょうか?」 「なに、とぼけてんのよッ」 「あのう、どちらにお掛けでしょうか?」
べるきす
文芸短編小説をメインにアップしております。 なにかを感じ取っていただける作品を目指して^_^ もしかしたら対象年齢少し高めで、ライトではないかと思いますが、ご興味をお持ちいただけましたら幸いです☺️ 名刺がわりの作品としては「変愛」を。 もしご興味いただけましたら、少々長いですが「This Land is Your Land」を読んでいただければ幸いです。