善意クエスト

山下はバイトを終えて、帰りの電車の中、自分の格安スマホでSNSを開くと「お金が欲しい…」と切実な思いを投稿した。一人暮らしの家に帰り、SNSを開くとダイレクトメッセージが来ていた。「善意で高額報酬。マウスボーイ㈱。詳しくはこちら↓」とアドレスが書かれていて、山下は迷惑メールを疑ったが、高額報酬の言葉に釣られてアドレスを押してしまった。サイトを開くと、ゲームアプリのような画面が出てきて、「善意クエスト」と画面いっぱいに文字があり、下の方に「会員登録」のボタンがある。どうやら会員登録をしなければ、これ以上は進めないようだ。山下は迷いつつも会員登録の文字をタップして、名前や電話番号、住所を登録していった。親の名前と住所と電話番号も登録する欄があり「変なの」と、思いつつ山下は親の名前や住所も書きこんでいった。メールアドレスに仮登録のサイトのアドレスが来て、メールからサイトへ入り、もう一度、ログインし直すと、ネズミをデフォルメしたようなキャラクターが出てきて、吹き出しに「高額報酬が入るかもよ~!?」と、書かれていた。吹き出しでネズミが何か色々と喋っていたけど、早送りのような形で山下はスキップしていった。しばらく進むと、画面に「クエストを選択」「設定」「遊び方」と文字がポップな感じで並んでいて、山下は早くゲームをやりたい気持ちがはやり「クエストを選択」を選び、画面をタップした。飲食店のお品書きのようにクエストらしきものが左から順に並んでいた。 「麻薬王を倒そう 百万円」 「偽宝石屋からお金を奪え 四十万円」 「臓器を運べ! 五万円」 のようなクエストが並んでいて、山下は一番面白そうなタイトルだな、と思い「麻薬王を倒そう 百万円」を選んだ。「クエストを受け付けました」という画面が出て、見たことがない老夫婦の写真と、その下に「ターゲット」と書かれいてた。横に「ターゲットの情報」と書かれていて、それをタップすると「麻薬を製造した金で富を得た極悪夫婦。人身売買にも手を染めているらしいぞ」という紹介文と富岡夫妻という名前と共に住所が書かれていた。画面に「武器を選んでください」という項目が増えて、そこをタップすると「バール」「結束バンド」「ナイフ」「バット」とあり、やけに生々しい武器だな、と思いつつ山下はバットを選んだ。「戦闘へ」という画面上にあった灰色のボタンが光を灯し、そこを押すと、操作していたスマホに突然、非通知の着信が来た。。 山下は急な着信に驚き、つい通話ボタンを押してしまった。「山下さんの携帯電話でしょうか?」とオペレーターのような女性の声が聴こえた。山下は慌てて「は、はい」と答えると、その女性は「この度は善意クエストにご登録いただきまして誠にありがとうございます」と言った。山下は今まさにプレイ中のゲームから連絡が来たことについて、何か問題になるような事をしでかしてしまったのかもしれない。とプレイ中の記憶を思い返していたが、女性は構わず続けた。 「山下さんが選んでいただいたクエストでございますが、『麻薬王を倒そう』でお間違いないでしょうか?ええ、ええ。お間違いないようですね。こちらご応募が多数ございまして、当日5人ほど一緒にクエストを実行していただく同行者がございます。マップの方とターゲットのお写真を改めて、メールさせていただきます。それで、実行のお時間なんですけども明日の正午十二時に○○駅に一度集合していただきまして、その時に我々のスタッフより山下様ご所望の武器をお渡しさせていただきます。また、武器が…」とそのオペレーターのような女性は淡々と説明を続けていた。山下は「ちょ、ちょっと待ってください」と話を遮り、女性は「ご質問でしょうか?山下様」と言った。山下は「あの、本物のバットを渡されるんですか?」と聞くと、女性は声質が変わらないまま「左様でございますが、武器の変更をご所望ですか?」と答えた。山下は不安を覚えつつも「これなんですか?クエストって本当の人を襲うんですか?ゲームじゃないんですか?」と聞いた。女性は「クエストでございますが、なにかご不明点ございますでしょうか?」と当たり前のように話を進めた。山下は恐る恐るオペレーターの女性に聞いた。 「バットで知らない夫婦を襲うって、犯罪じゃないんですか?」 「いいえ、とんでもない。クエストでございます。ターゲットの富岡夫婦は警察も手を出せず、困っている人がたくさんおりまして、それをわたくし共が善意で討伐して差し上げるという立派なクエストです。わたくし共は山下様含めた善意クエストにご参加の皆様に善意の百万円を差し上げ、そして富岡夫妻のせいで困っている人々もお救いしようという、善意しかないクエストなのです。それから、富岡夫妻は麻薬で得た財産を貯めこんでおりまして、総額にして二億。報酬は富岡夫妻から支払われるのです。ですので百万円、クエストが成功いたしましたら、山下様へ明日の夜にはお渡しいたします。それにその二億のうち、報酬として5名へ支払われる額はせいぜい五百~六百万円くらいになりますので一億九千四百万円程余ります。そのお金も今現在困っている子供たちへ還元されるのです。ですから、決して犯罪ではございません。むしろ善意でしかございません」 山下はまだ疑問が残り「でも、人を襲うんでしょう?」と聞くというより、もはや独り言のように声を発していた。オペレーターの女性は聞こえていないのか、聞こえているのか、山下からは判別がつかなかったがオペレーターの女性は話を続けた。
新規ユーザー