煙草

薄暗い部屋だった。否、正確には部屋であった。その部屋の中で影が揺らめきを見せていた。影は女の形をしていた。女は疲弊した様子で部屋の中央に立っていた。だが、立っていたかと思えば、かくんと膝が折れたのである。女は歪みゆく景色を見据えながら。 思い出していた。女、緋鷺結は軽快な足取り……否、重い足取りで木漏れ日の中を通り、病院へと向かう。病院内は閑静と言うより、厳かな雰囲気で満ちていた。満ちていた空気を露とも思わず、結は目的の病室へと入ってゆく。そして言うのだった。 「病室では吸わない約束だったよね。」 葉巻に火を付け、吸う男に。男はにっこりと微笑むと返した。それは所謂、営業スマイルと言う奴だった。否、もしかしたら心からの笑顔だったのかも知れない。だがしかし、今の結には判断が上手く付かずにいた。何故なら、沸点が頂点へと達するのが早かったからだ。 「結、人間と言う生き物はね。口元が侘しいとその侘しさを埋めようとする生き物なんだ」 男、緋鷺悠は露ともせずに言い、再び笑うと。結を手招きするのだった。結は不審がりながらも悠の傍へ、椅子へと腰掛けた。だが、それは虚しくも。ほんの一瞬の出来事に過ぎなかった。 「……本っ当、最低…!」 「最低と言っている割には嬉しそうだけれど?」 流れゆく、結の髪を掬いながら悠は飄々と告げる。そう。まるで『怒り』と言う感情を愉しんでいるかの様に。 「…『好き』の間違いだろう?結」
井上雛
井上雛
暖かくて儚い、そんな話を紡ぎたい。 閲覧してくれてありがとうございます。 『貴方』に届きますように。 開始 7月13日 2022年。 もう一度会えるのならば。連載中。