独弔

独弔
 真夏の都心に降り注ぐ陽射しは、容赦がない。  陽炎こそ立たないまでも、無慈悲に熱を溜め込んだアスファルトやコンクリートによって膨張した大気は、粘性の高い液体を満たしたグラスを通して見るかの様に視界を歪ませる。  しかし、これまで幾度となく人口に膾炙して来た通り、元来この社会が歪んだものであるのならば、そこに映るものは虚飾を剥ぎ取られた都市の本来の姿なのかもしれない。  私は八重洲から銀座に向かう大通りを歩いている。  この辺りは、オフィス街と呼ぶには古臭い雑居ビルが肩を寄せ合う一画で、地方の人間が抱く華やかな東京のイメージからはかけ離れた場所だ。  所々に、財政難で放置されているらしいフェンスに囲まれた更地が無惨な姿を晒している。その隙間を末端神経の繊維の如く伸びる路地には、およそビジネスパーソンなどと言い換えるには不似合いに草臥れた顔をした会社員たちが、悪戯な子供から身を隠す場所を求めて逃げ惑う虫達の様に急ぎ足で行き過ぎる以外、人影は少ない。  こうした風景は、ともすれば『古き良き』という聞こえの良い言葉に修飾にされるものなのかもしれないが、その実、この東京という街そのものが、いまだ多くの日本人の胸中に巣食う『昭和』という亡霊を隔離するための、いわば巨大な墓標なのではあるまいか。   ならば今の私は、この街に捧げられた供物と言うところだろうか。  そんな事をつらつらと考えていると、道向かいの歩道を此方向きに歩いて来る男の姿が目についた。
泥からす
泥からす
短くて、変な小説を書きます。ノンジャンルです。