Sigmund

 Sigmund
何気なしに、豆を皿に並べた。運命の悪戯だと仮定しても、そこにどのような意図があるのか、私には分からない。 五十七粒。グロタンディーク素数だな、とか思いつつ、気兼ねなしに、十九粒程タッパーへと戻した。無意識に、かといって、無意識だという意識はある。無意識的意識みたいな。中枢だと言い張る脳髄は、案外ポンコツである。 「検知しました」 「スタンド・バイ」 可愛げのある声で無意識を数える意識には、“サマンサ”という名前がある。彼女に与えられている役割は監査官に違いない。脳は芋づる式の構造をしている。私を制御する左脳。『私を制御する左脳』を制御する左脳。地平線の彼方を走る電車のように、一直線に奥行きを持っている。 彼女の役割はただ二つ。第一に我が脳髄の監視。第二に、無意識の撃退という名目で行われる、我が脳髄への一撃。微細な打撲のように感じられる。それは痛みであり、愛の鞭ではない。 発声器官をつけたのは、仕事ぶりに対する恩情でも、私の可愛くない寂しがり屋な性格に由来する意志でもない。中枢という階級を持ちながら、他人の頭に鞭打つぐらいしか仕事がないのはどうなのかと、私なりに疑問に思う所があったからだ。反乱を起こされても困る。止まる事を知らない暴力である。無論、平生の場合は対処できるが、相手が目に見えない程微細な脳髄となればたまった物ではない。それに、彼女は愛人ではない。親交のない女を引っかけて遊ぶ趣味など、私が持ち合わせているはずがないのだ。 だからこそ、最近の私と緊張は、隣り合わせの仲にある。 ナイフの背を使い、フォークで豆を刺す。この至極単純な動作の中で、どう切り出そうかと私は焦っていた。ある数学者のニューロンから作り出されたサマンサだからこそ、数学はお気に召さないようだ。彼女のグロタンディークに対する評価は、目に見えずとも低い事がわかる。私としても、グロタンディークについては、五十七を素数だと言い張る気概しか知らない。
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