楽鯱

楽鯱
 白背広を纏い股を開いた鯱は、大麻の葉巻を咥えたまま踏ん反り返って椅子に沈んでいた。青白の煙を吸い込み、肺の端から端までを覆い尽くして鼻から吐く。そして恍惚とした眼を爛々とさせて眼の前の女を見ていた。首後ろにある赤波の二重模様や左腕の烙印、全身にある細長い切り傷も彫刻とは違う男らしさ、美しさを強調している。積み上げられた書類や聖書の上に一つ桜桃《チェリー》を置き、細長い牙を連らせてニィと笑みを浮かべていた。 「翼生やして空飛びたいわぁ」  胸を煙で膨らませて、脚を組む。女は裸体を毛布で隠して眼を細めた。硝子張りの窓の向こうには、相変わらず珊瑚礁が煌めいている。 「は、頭まで腐ったのか」 「海なんてつまらん。俺は死んだら鳥になるんや」  手を広げてパタパタと動かす。そして口を開こうとした女を遮って立ち上がった。 「金をなぁ、アンタみたいな女にばら撒いて去る」 「……それは、ごめん」  眉を顰めて眸を揺らす。鯱は表情を濁らせて、焦る様に動きを止めた。 「ちゃう。全部戦争のせいや。もし戦争なんて無かったら、アンタは身売りせんで済んどった」
愛染明王
愛染明王
主にTwitterで行なっている長編創作を書き留めています。表紙は自作ですのでご心配なく!