無観客をゆけ(2022.01)
「姉ちゃん。仕事なら自分の部屋でやってくれよ」
え、と振り返る。箱根駅伝の実況が熱を帯び、うまく聞き取ることができない。
弟の手には年賀状の束があった。「わたしのある?」と手を伸ばす。年末にかけて激化した残業のせいで一枚も出せていなかったが、それでも気になってしまう。
「帰省してまで仕事するとか頭おかしい」
渡されると同時に、愚痴を聞かされる。北春は口をへの字に結び、うるさいな、と年賀状を奪い取った。一枚ずつ手早くめくっていく。宛名に自分の名前がないことがわかると、北春はこたつの天板の上に放り投げた。
「年末までに終わらなかったんだから、しょうがないでしょ」
弟はこたつに足を入れ、年賀状を仕分け始める。彼の名前が書かれたはがきだけ、厚みを増していく。不意に、そういえば姉ちゃんからお年玉もらってない、と言われ、こたつの中で蹴りを入れた。積み重なった年賀状が崩れ、天板の上を滑る。
「母さん、心配してたよ。姉ちゃんはずっと仕事してるって」
「わかってるよ」
弟の言葉を聞き流しながら、文字を打ち込む。漢字の変換が上手くいかず打ち直していると、それまであったはずの集中力がからきし無くなってしまった。煙草の箱に手を伸ばす。視線の圧を感じた。「わかったよ」と、自分自身をもいさめるように呟く。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2022/1/15 9:54
飛由ユウヒ
〔ひゆうゆうひ〕小説で誰かの心が救えたらいいな、と願いながら書いてます。名古屋の同人文芸サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて執筆とデザインと広報を兼任。『ブラッケンド・ホワイトフィッシュ』ステキブンゲイ大賞一次選考通過。#100円文庫 を毎月10日更新!
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