ある試合
ガキの頃から、ずっと待ち焦がれていた。この瞬間を。この試合に出場するために生きてきたと言っても過言じゃあない。この国を巻き込んだ大きな試合だ。この試合の活躍によっちゃあ一躍スターダムにのし上がる奴もいる。だが負けたら地獄だ。SNSで罵詈雑言の嵐が飛び交い。テレビじゃボロクソに言われ、街を歩けば白い目で見られる。ひどい時には生卵を投げつけられた奴もいるとかいう噂だ。
と言っても俺はスタメンじゃなかった。スタメンじゃなかったものの。ハーフタイムで監督に呼ばれ、「行けるか?」と聞かれた。俺は心が弾むのを抑えて監督に「行きます!」と即答した。監督のプランでは俺を後半二十分過ぎに交代で出すと言っていた。俺は後半が始まるとピッチサイドでウォームアップを始めた。前半からずっと相手チームに押されていて、俺たちのチームは勢いを失っていた。走り込みをピッチサイドで続けていると「わぁ!」と歓声があがった。俺はゴールネットが揺れているのを見て、監督を見た。先制されたんだ。早く俺を出せ。今出てるあいつ、太田の野郎。何回も決定機を外しやがって、「俺を早く出せ」と監督をグっとにらんだ。監督も「わかってる」と俺に目配せをして、ボールがラインを割った。俺は監督に呼ばれる前にすでにピッチサイドへ駆け出した。ビブスを脱ぎ捨てて、ライン際で飛び跳ねた。交代ボードに俺の背番号が点灯した。やっと来た。俺の出番だ。俺が点を取るんだ。俺が何点も決めて、この国を勝利に導く。得点だ。得点が必要だ。審判の笛が鳴り、試合が再開された。得点、得点。得点、特典。購入特典。
俺は全速力で相手のボールに向かい、棒立ちの相手からボールをなんなく奪った。俺のスピードに敵は泡を食っているようだった。観客も総立ちだ。行ける。3千円。俺のスピードは通用する。相手のボールを奪うと、そのままボールを持ち運び、前から来た敵が滑り込んできたのが見え、俺はその場に急停止した。敵はそのまま俺の前を滑り抜け、俺は逆側へ一気に加速。通用している。そのまま俺は猛スピードでゴールへ向かいキーパーの反対側へシュート。バスン。ネットが揺れる。俺は勢い余って、観客席に飛び込んでしまったが、そのまま胴上げされる形でピッチへ戻された。スタジアムが歓喜に包まれた。「たまらねぇ。これだ」俺の生き様が、ようやく実った。最高だ。このまま逆転弾を決めてしまえば、俺は一躍この国のスターだ。英雄だ。購入特典だ。そう、このスピードは購入特典だ。課金した俺のスピードについてこられる奴など、いない。俺のスピードでこの購入特典のスピードで相手をぶっちぎり、二点目を決める。俺の課金はスピードまで。そして今なら、購入特典として「ブースター+」が着いてきた。このスピードをさらに加速させるスーパースピードを1試合で三回までは使用可能にしてくれる購入特典だ。さっき相手のボールを奪う時に一度使ってしまったから、後2回。オーケーだ。あと2回も使えばたやすく逆転できる。俺にパスが来て、2回目のブーストを発動し、ボールを運んだ。逆転だ。得点だ。特典だ。購入特典で英雄だ。—ドン。
鈍い音が俺の全身を駆け巡り、空が回転して、ゴロゴロと俺の体はフィールドを転がった。目を開けると俺を見下ろしている奴がいた。肩に巨大なパットをつけ黄金に光り輝いていた。肩パッドの真ん中には「極+」と刻まれていた。そいつは「月額いくらだ?」と叫ぶと、すぐに前線へパスを送った。俺に向き直り、「月額いくらだ?」と改めて俺に聴いているようだった。「3千円」と答えると、そいつはニヤニヤと笑って「なんだ、初心者かよ。俺は月額1万のプレミアム会員だ。お前だけだと思うなよ、課金」と、黄金の肩パッドを携えて、彼は悠然と走り去っていった。
「カウンター」という掛け声が聴こえ、俺は「ここだ」と3回目のブースターを使った。誰も俺に追いつけない。ボールが俺の前方のスペースに飛んできてゴール前に走りこむ。しかし、一人残っている。ボールをトラップしてノーマルそうなあいつをかわせば、さっきの黄金肩バットも近くにいない今がチャンスだ。ボールをトラップして一気にゴール前へ走った。「戻れ」と言う掛け声が聴こえた。意味がわからねぇ。これで逆転だ。
・・・あれ、ボールがない。
振り向くとさっきのゴール前にいた奴がボールを前線に出していた。「取られた?なんだ、あいつも課金勢か?」いや、違う。特に特別な効果は出ていないようだ。基本に忠実にパスを止め、パスを出し、的確に動き出し、俺たちのチームを混乱に陥れている。サイドから黄金肩パッドが駆け上がり「虹色クロス」をあげた。その虹色に輝きながら飛んできたボールに完璧なタイミングで走り込み。角度、姿勢、入射角。思わず見とれる程、完璧だった。ゴールに吸い込まれるようにボールは軌道を描きゴールネットを揺らした。
実況が叫ぶ。
「決まった~。同点に追いつかれたものの一気に逆転!決めたのはなんと無課金の男、無課金ライアン!」
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カテゴリー: SF
投稿日時: 2025/9/25 23:14
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